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今回のNU全国大会のスローガンとして掲げられたのが、「インドネシアと世界に貢献するイスラム・ヌサンタラ」である。「ヌサンタラ」とは、サンスクリット語に起源を発する言葉で、一般的に「列島」を意味し、さらにジャワ島とその周辺の島々、独立後は列島国家インドネシアを指す。「ヌサンタラ」には、日本語で言えば「敷島」のような、ほのかな郷土愛がブレンドされた雅な響きがある。
つまりイスラム・ヌサンタラとは、「インドネシアの歴史、文化のなかで実践されてきたイスラム」を指しており、インドネシア・イスラムの個性を強調する意思を感じ取ることができる。NUは、イスラムの普遍性とともに、インドネシアの風土で発達したイスラム文化の価値を積極的に評価し、その独自性を再確認しようとしているのである。
イスラム・ヌサンタラがNU全国大会のスローガンに採用されたことにより、あらためて「インドネシア的イスラムとは何か」という議論がおきた。
イスラム・ヌサンタラの特徴としてよく引き合いに出されるのが、イスラム渡来前のヒンドゥー教・仏教や土着の信仰と習合した信仰形態である。
15世紀末から16世紀にイスラムをインドネシアに伝えたとされる九聖人(ワリ・ソンゴ)の墓を参拝すれば御利益が得られるとする聖者崇拝、死者崇拝は、そうした信仰形態の一つといえよう。
インドネシアで今も盛んな聖者崇拝では、日本と同様に、現代人も死後に聖者に昇格することがある。NU指導者にしてインドネシア大統領に就任してアブドゥルラフマン・ワヒッドは、早くも聖者に仲間入りした一人だ。2009年に世を去った彼の墓は、ジョンバンのプサントレン内にあるが、参拝客の波が絶えることがない。菅原道真のように、彼のお墓にお参りすれば頭が良くなる、受験に合格する、という風に語られていて、以前にこのプサントレンに訪れた際も、墓前で寄宿生たちが一生懸命に勉強する姿が印象的だった(写真)。
サウジアラビアで主流の厳格なワッハーブ派、イスラム近代主義者、そして原理主義者は、上記のような習合的信仰形態を嫌い、純正なイスラムに不純物が混じりこんだ状態として非難し、排撃しようとする。こうした批判に対して、イスラム・ヌサンタラの立場はイスラムの普遍性を認めつつ、同時に地域によって独自性、個性をもつイスラム信仰があってよい、イスラムの多様性を認めよう、と主張するのである。
さらにイスラム・ヌサンタラは、インドネシアでイスラムが発展していくためには、世俗民族主義、世俗国家の国是「パンチャシラ」思想との折り合いをつけていくための思想戦略という機能も果たしているといえるだろう。偶像崇拝を完全否定するワッハーブ主義や他の宗教に非寛容な原理主義をインドネシアにそのまま適用すれば、「多様性の統一」を掲げるインドネシア共和国との正面衝突が避けられないからだ。
別の観点から言えば、イスラム・ヌサンタラは、「もう一つのグローバリゼーション」ともいうべき中東・南アジアからのイスラム過激思想流入に対する、自らのアイデンティティーを守るために打ち出されたNUの文化防衛論、と位置付けることもできよう。