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国際問題コラム「世界の鼓動」

イスラム・ヌサンタラという戦略

内部からの自己批判

あらためて巨大組織NUは右から左まで多様な意見を包含していると感じる。「保守」本流の内部に、リベラルな中堅、若手イスラム指導者が言論拠点を築いていることは、大変興味深い。彼らはNU内部から、これまでのインドネシア・イスラムのあり方を問い、自己批判し、改革を求める声をあげ始めている。

たとえば、ジャカルタ・ポスト紙(8/6付)に「イスラム・ヌサンタラは性的暴力に対して声をあげるべき」と題する寄稿が掲載された。寄稿者は、アジア・ムスリム行動ネットワーク(AMAN)のインドネシア代表ルビ・カリファ(Ruby Khalifah)。NUは女性の人権、特に性的暴力から女性を守るために積極的な役割を果たしていくべきだ、というのが彼女の主張である。

以下、ルビの見方を要約すると、これまでプサントレン(イスラム寄宿舎)内部におけるイスラム教師による異性寄宿生への人権侵害行為が報告されており、その中にはNU傘下のプサントレンも含まれている。NUは過去に家父長制的なイスラム保守主義に固執し、女性の抑圧に加担してきた一方、前述のアブドゥルラフマン・ワヒッド大統領がNU議長だった時代には、ジェンダーの平等と正義を強く打ち出し、草の根レベルで人権を擁護するための活動を行ってきた歴史がある。「イスラムは弱者を保護する教え」という宗教原則にたちかえって、人身売買、性的暴力の対象となっている少女、女性たちの人権を守るために、NUは組織をあげて取り組むべき、とルビは訴えている。リベラルなフェミニズムの視点から、NUの現状を批判する声、といえる。

また、ロンドン大学博士課程学生のアル・カニフ(Al Khanif)は、インドネシアにおける宗教少数派(キリスト教徒、ヒンドゥー教徒等)、特にイスラム内部の少数派(シーア派、アハマディア派等)に対して、NUメンバーの一部が迫害に加担している現状を批判し、イスラム・ヌサンタラは寛容の精神を守り育て、多様なイスラムのあり方を追求していくべきである、とする。(ジャカルタ・ポスト紙 8/5付)

アル・カニフによれば、イスラム内部の少数派に対する姿勢は、NU内部で二つのグループに分裂している。主流の「穏健派」とNU「直系」(Garis Lurus)を名乗るグループである。「直系派」は、無制限で宗教信条の自由を認める西洋リベラリズムはインドネシアに相いれず、イスラム神学上の多様性は認められないとして、シーア派やアハマディア派の存在を否定する。また彼らは、多様な信仰形態に寛容なイスラム・ヌサンタラ概念に対しても懐疑的な姿勢をとっている。「直系派」がNU主流となれば、少数派への迫害は激化し、海外のイスラム過激主義がさらにインドネシアに流入することになると、アル・カニフは警鐘を鳴らす。

以上、ルビ・カリファとアル・カニフという若手イスラム知識人の声を紹介したが、印象的なのはインドネシア・イスラムの保守本流NU指導層には、欧米の大学に学び、英語が堪能で、西洋近代的教養とイスラム神学を兼ね備えた国際派知識人が少なくないこと、そして現在も将来の幹部候補生たる優秀な青年たちが中東のみならず欧米の大学で学び、外からNUを見つめる機会を得ていることだ。ここに巨大組織のNUの底力としたたかさを感じる。

この国のイスラム知識人代表格、アジュマルディ・アズラ国立イスラム大学前学長の主張(コンパス紙 8/3付)は傾聴にあたいする。

イスラム過激主義、急進主義が勢いを増す世界の現状において、国際社会の期待に応えて、インドネシア・イスラムは、寛容と穏健なイスラムの代表として、外に向かってもっと積極的に自らの価値観、生き方を発信していくべき、というのがアズラ前学長の意見だ。

イスラム・ヌサンタラの声を対外発信していくためには、保守本流NU内部で穏健派が主導権をとって自らのアイデンティティーを再確認し、寛容なイスラムの伝統を磨きあげることが重要である。そういう方向に進み続ければ、インドネシア・イスラムは、世界の平和と安定を護持する重要な担い手になりうるに違いない。

 

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2015年9月2日 up date

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