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日本と台湾との関係は、国交はないものの基本的に良好な状態にある。
とくに最近、日本と台湾の漁業交渉に進展があった。これは過去、十数年間にわたって交渉が続けられ、決着を見ることはなかったが、去年3月に日本と台湾との間で漁業協定がまとまった。これは、近年の日台関係の中では最大の朗報ではないかと思う。
この背景には、尖閣をめぐる緊張関係もあるし、安倍内閣になったこともある。さらに日本側が領有権以外では相当に妥協したという面もあった。このため日本側の沖縄の漁民から一部不満が出たようだ。
台湾は、尖閣の領有権については中国とだいたい同じような立場だが、この漁業交渉の時には尖閣の問題は議論しなかった。一応、線引きをしているが、尖閣の周りや領海に関係するところについては線引きをしていない。つまり、領有権の問題を切り離した形で解決した。
これまで日台間で問題が起こるのは、漁業問題だった。尖閣の領海近くや領海内で、日本の海上保安庁の船と台湾の漁船が衝突することもあった。2008年、私が台湾在勤中、台湾漁船が日本の海上保安庁の船に衝突し沈没するという事件が発生した。その時、一時的にせよ、台湾ではめずらしく反日意識が強まった。それが今回、この交渉がまとまったことによって、日台間の大きなトゲはなくなった。
さらに、この漁業交渉の過程で一つ注目すべきことがあった。それは、中国が台湾に対して尖閣の問題について共闘しようと呼びかけた。それに対して、台湾側は非常にはっきりと、「この問題は台湾と日本との問題であり、中国とは共闘しない」という声明を出した。これは注目すべき動きであったと言える。
台湾については、全体として日本に対する強い親近感を持っている人が多いことは、日本でもよく知られている。とくに、私が台北の交流協会の代表をしていた2007年に、台湾で行われたアンケート結果を忘れることはできない。
「どの国が好きですか」というアンケートの対象になる国は、アメリカ、日本、中国、韓国であった。その答えで、「日本が好き」という人が三〇数%で、はじめてアメリカを抜いた。
この結果には、当の台湾人も私もとても驚いた。アメリカには台湾の安全保障上の守りとなる「台湾関係法」があるし、台湾学生の留学先の筆頭はアメリカである。アメリカに対する親近感が一番強いだろうと予想していたが、この頃から変化を見せはじめた。今日アンケートを取ると、断トツに「日本が好き」と答える台湾人が多い。2番目がアメリカだが、日本との間に30ポイントくらいの差がある。もちろん、これが、いつまでも続くという保証はないが、少なくともこの数年間の趨勢として、日本が好きという人の数が明確に増加している。
日本から台湾への観光客は最近少々減っているが、台湾から日本への観光客は右肩上がりで増えていて、一番人気は北海道だ。北海道の外国人観光客1位は台湾人ではないか。
台湾から日本へ来る人たちの印象は、「日本には秩序があって、清潔だ」というものだ。おそらく、日本が自由で民主的なところ、基本的な価値観が同じだという安心感が、親日感情の背景にあるのだろう。
その他に台湾人の対日好感度の重要な要素としては、かつて50年間に及ぶ日本の統治に対して、台湾の人がどう評価しているかということがある。
この評価については、馬英九政権になってから少し微調整をした点もあるが、基本的には李登輝政権以降の評価が定着している。それが台湾の教科書記述の基本的な基準となっていて変わっていない。
それを読むと、台湾統治の初期は、日本は相当過酷だったと記述してある。そして、時に、霧社事件のような反日的な抗議活動があったことも記述されている。
しかし、全体を通しては、7割~8割ぐらいがプラスに評価する記述になっている。「日本が台湾で行ったことは、現在の台湾の近代化の基礎を作った」というトーンである。鉄道、港湾、道路、治安、教育、医療などについて、教科書に詳しく記述されている。
しかし、蒋介石政権下では全然違っていた。李登輝政権になる前までは、日本の統治時代はごく簡単に「50年間の日本の残虐な統治」という表現になっていた。それが民主化とともに大きく転換された。これが今の台湾人の日本に対する評価の根底にあると思う。この点に関しては韓国と極めて大きな差がある。
台湾でありがたいと思うのは、日本の統治時代が、現在に繋がっていることである。例えば私が交流協会の任を終えて帰国した後、台湾大学に呼ばれてスピーチをしたことがある。台湾大学の前身は、もともと日本が作った台北帝国大学である。
ちなみに、大正8(1886)年の帝国大学令により、東京、京都、東北、九州、北海道の五つの帝国大学が設立された。その後、京城、台北に帝国大学が設立され、大阪、名古屋に帝国大学が作られている。
韓国ならば、「戦後、京城帝国大学からソウル大学に名前が変わっていて、昔と違うし、日本の時代の影響はない」というのだろうが、台湾の場合は、そうではなかった。
私には、「台北帝国大学が設立されてから数えて、今年は80周年記念なので、その記念式典に出席してほしい」という要請だった。この考え方は日本にとって極めて重要なことである。
日本にとって台湾は、シーレーンに面している等、地政学的な重要性もあるが、なかでも、そこに住んでいる人々の日本観は極めて重要だと思う。
日本と台湾の民間交流は比較的順調に、行われていると思う。台湾にとって、最大の貿易相手国は中国だが、2番目の貿易相手国は日本だ。
また私自身が関与してきたことだが、学術分野で台湾における日本研究の支援をしてきた。
その背景を話すと、台湾の人たち、とくに年配の人は非常に立派な日本語を話す。例えば、ゴルフを一緒にした台湾の高齢者が、「池田さん、今の当たりには、ご満悦でしょう」と言う。「ご満悦でしょう」という日本語には驚いた。台湾全体の日本語のレベルはそれほど高い。
ただ、若い台湾人たちで日本の政治や経済、その他、科学技術などを研究する層はまだまだ薄く、欧米に留学する研究者が多い。なぜなら、日本の大学で修士や博士課程に進んでも、台湾ではその実績が十分に認められないからだ。
これまで日本以外で研究したほうが有利だったが、今後は、日本で研究した人にも欧米で勉強した人と同じような環境を与えられるように、台湾側と交渉をしている。また、日本からの講師の派遣や、台湾の学生たちの受け入れを交流協会が支援するようになった。その結果、かつては1つしかなかった日本研究センターが、今では台湾の8大学にできている。