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国際問題コラム「世界の鼓動」

「最後の元残留日本兵」訃報が問うもの

賛助会員 小川 忠

(筆者は国際交流基金のジャカルタ事務所長として独自に情報発信をしている)

小野盛氏

小野盛氏(インドネシア名はラフマット小野)が、さる8月25日に世を去った。享年94歳。小野氏は正しく「最後の元残留日本兵」、ただ一人残された歴史の生き証人だった。

(右写真は、昨年10月29日付け「コンパス」紙に掲載された小野氏のインタビュー記事。現代インドネシアにおける汚職の蔓延に怒り、「自分の余生は長くない。我々の独立戦争は、私利私欲に基づくものではなかったことを評価してほしい」と述べている)

前号にて今もインドネシアで語り継がれる海軍軍人前田精について書いた時、日本軍政を自らの経験として知る世代がインドネシアから姿を消したことを報告したが、それは同時に「戦後」という時代感覚が希薄化することをも意味する。

戦中世代、戦後世代に続く世代は、今日の日本・インドネシア関係の原点「日本軍政とインドネシア独立」時代をどう語り継いでいくのか。小野氏の訃報は、そうした問いかけを投げかけているように思える。

インドネシア元残留日本兵とはどのような人々であったのか

「残留日本兵」とは、1945年8月敗戦後、帰国せず東南アジアや中国の現地にとどまった日本兵を指すが、インドネシアでは、生まれたばかりのこの国とオランダとの間で始まった独立戦争に加わったものも多いとされる。

独立戦争に参戦した日本兵の数については諸説あるが、元残留日本兵とその家族の相互扶助組織「福祉友の会」が発行した記録集「インドネシア独立に参加した『帰らなかった日本兵』、一千名の声」(2005年)に収録されている同会作成の統計によれば、

①   独立戦争戦没者246名

②   独立戦争行方不明者288名

③   独立戦争後の生存者324名

④   独立戦争後の日本帰国者45名

合計 903名、となっている。

戦後しばらく「逃亡兵」とみなされ顧みられることがなかった彼らを歴史として叙述する試みでは、早稲田大学の後藤乾一名誉教授がいち早く1970年代に、小野氏の上官で壮烈な戦死を遂げた市来竜夫に光をあてた『火の海の墓標』(1977年、時事通信社)他の研究を発表している。近年では小野氏の陣中日誌を掘り起こし、彼への詳細な聞き取り調査に基づいて執筆された林英一日本学術振興会特別研究員の『残留日本兵の真実』(2007年、作品社)が注目されている。

1984年生まれの青年研究者の林氏は、上記『残留日本兵の真実』の冒頭で、元残留日本兵を「国策の犠牲者」としたり、あるいは「大義のために異国で戦った英雄」として神格化したりする傾向があることを指摘している。その上で「犠牲者」「英雄」という単純なレッテル貼りでは説明できない一人の人間の起伏にとんだ生き様を戦後アジアと日本の関係の原点として捉える必要があることを訴えている。歴史を単純化する誘惑に抗って、若い世代が史実に真摯に向き合おうという姿勢に共感を覚える。

前号に続いて、今回もインドネシアのポスト戦後世代が日本軍政とインドネシア独立をどう語り継ごうとしているのか報告したい。

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2014年9月12日 up date

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