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この学生と一般市民の政権への反発の背景には、馬英九政権の対中政策への危機感と警戒心これまでの6年間、馬英九政権は、中国にかなり接近した政策をとってきた。その結果「このままズルズル行けば、台湾は場合によっては、気づかないうちに取り返しがつかなくなるのではないか」という危機意識が強まった。
具体的には、馬英九政権は、中国との経済・貿易関係を推進する枠組み協定・ECFA(エクファ)に署名した。これは、関税や投資、金融、検疫など10以上の分野にわたる。
そのうち、今回、問題になったのは、昨年6月に馬英九政権が中国と調印した両岸サービス貿易協定だった。同協定は、内容がごく一部しか公表されておらず、しかも締結前に、ほとんど審議せずに、議会の多数を占める与党国民党側による強行採決で通過させたことが大きな反発を呼んだ。
このサービス貿易協定の内容については、全容がつかめない中でとくに問題視されているのは、台湾の中小企業への影響、出版・新聞を含めるメディアに対する影響などがあると言われている。さらに、この協定によって、2,000万円ぐらいを出せば、中国から台湾への移住が極く簡単に行われるようになるとも言われている。
この学生運動と市民たちの一連の動きは、表面上はともかく、中国当局にとって、大きな衝撃だったに違いない。これまで、中国は、台湾に対して、軍事力を直接使うことなく、経済力と人的な往来を通じて、いくらでも浸透し、影響力を高めることができる、と考えていたことだろう。
まるで熟柿が自然と落ちるように、台湾はやがて中国の掌に落ちると考えていたに違いない。
台湾人は、中国の手法を「軟土深掘」と表現する。相手側が軟らかい土である間は、どんどん掘り進み、岩盤のような硬いモノに突き当たった時に、初めて方針を転換するという意味である。
たしかに、今回のサービス貿易協定を含めて馬英九政権になって以降、中国が台湾に対してとってきた姿勢は、軟土深掘そのものであった。
ところが考えてみれば、今回のひまわり学生運動は、いわば北京・天安門広場の横に位置する人民大会堂を学生達が3週間以上も占拠したのと同じような状況だった。
中国で同様の事件が起これば、かつての天安門事件のように、即刻、当局による武力弾圧によって制圧されてしまうことだろう。ところが台湾では事態は全く違う展開を見せ、極めて平穏裡に事態は収拾された。学生たちは、20数日間、寝袋で過ごした場所にごみ一つ残さずに、統率のとれた形で退去した。これを見て中国当局は、「台湾社会は自分たちの考えているやり方ではコントロールできない」と感じたに違いない。
加えて、馬英九政権のなかでは毛色が違う国民党の王金平・国会議長が、学生たちの主張に耳を貸す形で妥協が図られた。すなわち、サービス貿易協定については、再度、国会で審議するということ、台湾と中国の間の動きを監督・監視する法律を新たに作ることが決められた。
これは、馬英九政権になって以降、6年間に進んできた中台関係に、大きな歯止めがかかったことを意味する。
今回のひまわり学生運動の大きな特徴は、前述したように、既成の政党が直接関与していなかった点にある。独立志向の最大の政党は民進党だが、彼らも直接関係していない。李登輝元総統は、この学生運動について「台湾の将来に希望があることを示した」とコメントしている。また、90数歳の独立派の著名な学者・史明氏も同様の発言をしている。つまり、台湾の独立派の人たちとしては、今回の若い学生たちの行動は、今後の台湾を占ううえで、一つの分水嶺的な意味合いがあると受け止めたようだ。
馬英九政権は、発足以来、6年近くの間、中国との関係では、「現状維持」策をとってきた。中国との間では統一もしない、独立もしない、戦わない、「不統 不独 不武」である。
私が交流協会台北事務所に赴任した頃は、馬英九は台北市長で、その後、2008年の総統就任後も私は駐在していたので、いろいろなところで接触した。彼は、父親が蒋介石の側近の一人であったということもあって、非常に強い中国人意識を持っている。
彼の総統になる以前からの持論は「終局統一論」で、台湾は終局的には中国と統一するという考え方である。ただ、総統が視野に入った頃から方針を切り替えた。台湾の選挙民を意識して、現状維持に切り替えている。
しかし、現状維持は便利ではあるが曖昧な言葉である。台湾の現状は、国際的には孤立しており、国連のメンバーではないが、中国の支配下にもないというのが台湾の現状である。この現状を維持するためには、何もしなければ、中国は「軟土深掘」で、じわじわと台湾に入ってくる。現状維持を維持しようとすれば、不断の努力が必要になる。努力してはじめて現状が維持されるわけで、ここに、台湾の難しさがある。
現在、国民党政権はアメリカとの関係を重視するとくりかえし表明している。アメリカは「台湾関係法」をもち、台湾に対して防御用の兵器を売却する仕組みができている。台湾の安全保障にとって米国の存在は不可欠である。
日本との関係は、馬英九自身、「自分は決して反日ではない。自分はもう少し日本のことを勉強して、日本に友好的な人士になりたい。友日になりたい」と発言している。基本的には日本との良好な関係は維持していくとの姿勢をとってきた。
ところが、台湾と中国との関係は、この6年間にとくに経済面を中心にしてどんどん進んできた。馬英九政権としては、表向き、アメリカ・日本・中国と等距離に全方位の外交をしているようだが、中国からの働きかけによって、実体としては中国に大きく傾斜してきたといえる。
台湾は、民主的な社会であり、総統は選挙で選出される。台湾の総統はアメリカの大統領制に似ているが、今の総統制度では、支持率が低くなっても総統が途中で変わるということはまず考えられない。