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会員 尾林賢治
あれだけ、中国寄り外交路線を旗色鮮明にしてきた韓国が、北朝鮮の核実験・ミサイル発射実験を阻止しなかった中国を見限ったかのように、親米路線へ回帰を始めた。中国の強い反対を押し切って韓国は米国の「高高度迎撃ミサイルシステム」(THAAD)の韓国内配備に向けて米国と公式協議を開始、日韓で機密情報を保有するための「軍事情報包括保護協定」(GSOMIA)を締結、米軍の「ミサイル防衛」(MD)情報を共有する「リンク16」への参加に動き、米日韓3カ国のMD同盟が実現に向かう。米日韓の分断を目論んできた中国の戦略が破たんした。
米国は北朝鮮対応を理由に原子力空母ジョン・C・ステニスをシアトル・ブレマートン港基地から西太平洋へ展開、横須賀基地のロナルド・レーガンと、2隻配備体制を敷いた。北朝鮮を庇い続ける中国は、韓国へのTHAAD配備では米に得点を許したが、オバマ大統領が米カリフォルニア州で開いた東南アジア連合(ASEAN)首脳会議の隙を狙い、南シナ海の人工島にミサイルを配備、レーダー基地も建設、軍事基地化を進めていたことが明らかになった。米中の太平洋の覇権争いは、いよいよ熱い戦いにエスカレートしている。
中国の王毅外相は韓国のTHAAD配備について2月12日、ミュンヘンで「口実と策略が違う」「中国を狙った“剣の舞”だ」と激しく非難した(ロイター)。“剣の舞”は項羽の策士、笵増が劉邦を殺害するために用意した鴻門宴の故事から生まれた言葉だというが、中国のメディアは春節の連休終了後の14日、王発言をいっせいに大きく報道した。
THAADは米陸軍とロッキード・マーチン社が開発した弾道ミサイル迎撃システムで、迎撃高度40~150㌔のミサイルを8発搭載する移動式発射台を1部隊に通常6台以上配置する。セットになっている高性能Xバンドレーダーの敵ミサイルの飛来を捉える探知能力は500~1000㌔㍍。すでに、グアムとテキサスに配備されており、1000㌔㍍以上先のミサイルの発射を捕捉、大気圏に再突入、着弾体勢に入ったところを迎撃、爆破する最先端システムだ。
韓国は独自のMDを開発中だが、現時点では迎撃可能高度20㌔㍍の米国製パトリオット型PAC-2のみ。17年以降、迎撃可能高度40㌔㍍ のPAC-3を配備する計画(日本は配備済み)。PAC-3を配備しても迎撃に失敗すれば、数秒、10数秒後には着弾する。THAADは、もっと早く手前で迎撃するので、北朝鮮のノドン(中距離弾道ミサイル)、スカッドミサイル(短距離弾道ミサイル)に対するMD能力は各段に強化される。
続いて、韓国は「リンク16」と呼ばれる米国とのMDの情報共有(データリンク)システムにも参加する。航空機や艦艇がレーダーなどで得た敵機の目標の位置情報をリアルタイムで共有する仕組みで、日米間はすでに動き出している。同時に、日本との軍事秘密情報交換を円滑に進めるためのGSOMIAの締結に動いている。2012年6月、調印の前日になって、韓国が突然、延期を通告したまま店晒しになったままだった。当時の対日感情悪化を配慮した李明博政権の判断だったが、日韓GSOMIAが締結されれば(米韓は締結済み)、韓国のTHAADの配備、リンク16への参加が揃い、初の日米韓のMD協力体制が実現する。
米RAND研究所によれば、中国は1400発の弾道ミサイルと数百発の巡航ミサイルを保有している。自国のミサイル攻撃力を弱体化する韓国のTHAAD 配備、日米韓のMD協力体制強化の動きに対し、中国がこのまま、黙って引き下がるとは考えられない。手を変え品を変え、韓国に対し圧力をかけ、軌道修正を迫るだろう。ロシアのプーチン大統領もTHAADの配備、日米韓のMD協力、さらに軍事協力強化を阻止したいという点では、中国の習近平国家主席と思いは同じ。とりわけ、ロシアのプーチン大統領は2009年1月、オバマ大統領にポーランド、ハンガリーに米国のMDシステムを配備する計画の撤回に追い込んだ”実績“がある。今回もTHAAD配備計画を撤回させ機会を狙っていると考えられる。THAAD配備撤回に向け中露が連携する場面もあるかもしれない。ロシア外務省は「THAAD配備は北東アジアの軍拡競争を助長し、朝鮮半島の核問題解決をより複雑なものにする」と、北朝鮮の核ミサイル開発問題をそっちのけで、THAAD配備撤回に向けた国際世論づくりに余念がない。
しかし、核弾頭を搭載したミサイルをいつ打ち込んでくるかもしれない北朝鮮に対し、韓国がTHAADを配備し、米韓日のMD同盟を結び、国土を守ろうとしていることに対し、中国やロシアがとやかく言う権利はないだろう。中国もロシアも北朝鮮の核ミサイル開発を口先では非難しても、本気で阻止する気はない。
ただ、韓国のTHAAD配備、とりわけ、Xバンドレーダーの設置に対し、中国が生命線を脅かされると感じるのは自然だ。韓国西部沿岸に設置した場合、レーダーを北に向ければ、北朝鮮はもちろん、ハルピンなど黒龍江省の南半分から、吉林省、遼寧省のすべてをカバーできる(ウラジオストクなどロシア・シベリアの一部も含む)。東に向ければ、河北省、河南省(鄭州)、山東省(青島)、江蘇州(南京)、アンホイ州、浙江州(一部)、江蘇州(南京)ほか、上海に加え、北京を探知できる。
韓国は中国に対し、「レーダーは専ら北朝鮮のミサイルだけを捉えるだけの設計になっている」「レーダーの探知能力は600㌔㍍で、北京は圏外」「中国にはレーダーを向けない」「中国から米本土に向かうミサイルは高度が高いので、全く捕捉されない」「THAADは純粋に防衛目的」などと、釈明にこれ努めているようだが、中国からすれば「たわごと」に過ぎないだろう。
中国にとっては、主要ミサイル基地だけではなく、北京までがXバンドレーダーで丸裸になってしまうのは、深刻な脅威だ。中国がこれまでTHAAD配備に「いかなる国も朝鮮半島の核問題を口実に中国の正当な権益を侵害することに強く反対する」と強硬姿勢を貫いてきたのも、うなずける。2014年7月、ソウルで開催された中韓首脳会談では公式議題になっていなかったが、習近平国家主席が韓国の朴槿恵大統領に「韓国は主権国家として当然の権利を行使し、THAAD配備反対の意思を示してほしい」と迫っていたことが、15年8月になって国防筋の話として韓国主要紙によって伝わった。なるほど、韓国のTHAAD配備に対する態度が、中韓首脳会談以後、にわかに慎重になった。2015年3月11日、青瓦台はTHAAD配備について「要請もなく、協議もしておらず、決定もしていない」と、3つのNOと言われる声明を出している。習近平主席の朴槿恵大統領に対する“恫喝”とも受け取られる強硬な要請が効果を発揮したのだ。
朴槿恵政権の従中離米路線は14年7月の中韓首脳会談以降、あからさまになった。中国の脅威に対し米日韓が同盟を強化すべきなのに、韓国はことあるごとに慰安婦、歴史認識問題を持ち出し、日韓連携を後退させ続けてきた。GSOMIA調印の中断を放置し続けてきたのが象徴的だが、極めつけは中国に配慮して韓国独自のMDシステムの構築を進めてきたことだ。日本とはもちろん、米国のMDシステムとも互換性がないため、中国は歓迎するだろうが、北朝鮮がミサイル攻撃を仕掛けてきた場合、在韓米軍と韓国軍はバラバラに対応することになる。北朝鮮の脅威に対し、まじめに対処しているとは到底思えない選択だ。
今回、THAAD配備をめぐる韓国の一連の行動でMDをめぐる“ねじれ”現象がようやく解消することになったのは、北東アジアの安全保障体制にとって画期的なマイルストーンだ。
その功労者はオバマ政権のねばり強い朴政権に対する働きかけだ。まず、日韓関係の改善に最大の障壁になっていた慰安婦問題について日韓両国を説得し、15年12月28日、合意に持ち込んだ。日韓両国は米国という仲介者が無くては何事も解決できないことが明らかになったのは、独立国の資格要件に欠ける振る舞いだった。しかし、これで、もはや朴政権は慰安婦カードを持ち出し、日韓軍事協力をサボタージュする理由がなくなった。
韓国が米国とTHAADの韓国配備について公式協議を開始したのは、北朝鮮が弾道ミサイルを発射した2月7日の翌日だった。中国とロシアには事前に通告したというが、米韓の間では筋書きができていた。米国はミサイル発射実験が確実になった2月2日の時点で、協議開始を呼びかけていたのだ。
中韓国防省間には昨年末、ホットラインが開通している。当然、1月6日の核実験について韓国は中国の反応、対応をまず、聴こうと考えた。ところが、中国は電話に出ない。肝心の時、通じないのではホットラインの用を足さない。韓国側は当初、国防相同士の電話会談を希望したが、1月11日になっても、返事はなかった。
埒が明かないと、朴大統領は習主席との電話会談を申し入れたが、先方は2月4日の深夜12時を指定。いくらなんでも、「外交慣例にずれている」と返答したところ、5日午後9時の再提案があり、ようやく中韓首脳の電話会談が実現した。朴大統領は「特別意味のある話にならないと思う」と、当初、非公開の方針だったが、側近のたっての要請で公開したものの、案の定、内容は何もなかった。この習主席の振る舞いに朴大統領は深く失望し、ようやく自らの従中離米路線の過ちに目覚めたようだ。
朴大統領は習主席に対し誠意を示し続けてきた。クライマックスは米国の反対を押し切って、西側陣営の首脳がほとんど参加を見送ったにもかかわらず、2015年9月3日、中国抗日戦争勝利70周年軍事パレードに参加、天安門楼閣にプーチン大統領らと並んだことだった。米国の反対を振り切りアジアインフラ投資銀行(AIIB)への出資国に加わったし、中国に忠義建てして環太平洋経済連携協定(TPP)への参加も、いったんは見送った。
2月10日、韓国は北朝鮮に対する制裁として、南北協力事業のシンボル開城工業団地の全面中断を決めた。団地に入居する韓国企業は124社、北朝鮮の労働者5万4700人が組み立て加工作業に従事していた。人件費収入で北朝鮮は年間1億㌦、約110億円を稼ぎ、貴重な外貨収入源になっていた。北朝鮮の予算規模は約70億㌦だから、開城団地からの収入は予算の1.4%に相当する(中央日報)。韓国のユンピョンセ外相は11日、ミュンヘンで王毅外相に開城団地の全面中断を説明、中国にも責任ある役割を果たすよう要請した。韓国が身を切って開城団地事業の全面中断を決めたのだから、中国も厳しい制裁措置を取って欲しいという願いは届かなかった。
結局、中国の立場は①中国にとって北朝鮮は朝鮮半島におけるバッファーの役割を果たしてくれるので、安全保障上も重要な存在だ②核弾頭を搭載した長距離弾道ミサイルを保有する北朝鮮のコントロールは難しいが、対米戦力強化の一助になるので、温存したい③北朝鮮が国家として崩壊し、大量の避難民が国境を渡って流入するのは困る――ということだとわかった。
韓国がこれまでの親中離米路線を180度切り替えた背景の一つに、中国経済の不振があるのではないか。
15年夏の元安、株安が世界同時株安を招いたが、年明け後も株安、元安の流れは止まらない。元高期待で入流していた世界のマネーの流れが逆転、昨夏以来、1兆㌦以上の資金が流出したと言われる。
中国の2015年のGDP(国内総生産)成長率6.9%という公式発表は疑いを持つ向きが多く、3・2%という英ロンバート・ストリート証券のエコノミストの推計あたりが的を射ているのではないか。
過剰負債、過剰設備に悩む中国の経済減速が解消するには、5~10年以上かかるとみられ、2020年にGDPと1人当たり国民所得を2倍に引き上げるという所得倍増計画も、GDPで米国を追い越すというIMF(国際通貨基金)あたりの予測も、にわかに色あせている。
韓国の対中輸出依存度は26%(2014年)。素材・部品輸出依存度は35%にも上る。中国の減速の影響で、輸出入とも、前年比10%台のマイナスが続いている。15年の成長率は前年の3.3%から2.6%に下がったが、失業率は3%台半ばで完全雇用だし、当面、問題はないが、中国に対する依存度を引き下げるべきだという意見が高まっている。