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賛助会員 小川 忠
(筆者は国際交流基金のジャカルタ事務所長として独自に情報発信をしている)
1月14日午前10時40分ごろ、ジャカルタ中心部スカイラインビル1階のスターバックス・カフェに入って来た男が自爆、その直後に近くの交差点にある警官詰め所で再び爆弾テロが発生、さらに詰め所を取り巻いた群衆のなかにいたテロリストたちと警察のあいだで銃撃戦があり、11時すぎにスターバックス前の駐車場でテロリストの所持していた爆弾が暴発し彼らを吹き飛ばした。民間人4人、犯行グループ4人が死亡し、20人以上が負傷した。(写真:犯行現場のスターバックス前。1/28撮影。店の上には#KamiTidakTakut「私たちは恐れない」の文字が。事件直後からツィッターにとびかったハッシュタグである)
インドネシア警察当局は、シリアに渡ったインドネシア人過激派活動家バフルン・ナイムが犯行グループの背後で今回のテロ計画を練った首謀者とみて捜査を進めている。バフルンは2010年に銃弾を不法所持したとして逮捕され、2年半の実刑判決を終えた後、2014年にシリアに渡り、IS(「イスラム国」)に合流したとみられる。ISの、東南アジア域内における指導権をめぐって、彼はフィリピンの過激組織とライバル関係にあり、なんらかの「実績」をあげる必要に迫られていた。
当地メディア報道をまとめると、以上がジャカルタ連続爆弾テロ事件のあらましである。事件の現場となったスカイラインビルは、日本大使館やホテル、大型ショッピングモールも近く、ジャカルタ在住邦人にはおなじみの場所だ。自爆テロがあったスターバックスは、私も何度か立ち寄ったことがある。客層は欧米人、日本人など外国人客もいるが、大半はインドネシアの中間層ビジネス関係者だ。パリの同時多発テロ事件を真似たような、ソフト・ターゲットを狙った無差別テロである。
事件の第一報は、事件現場から数キロ離れた職場にて、パリでのテロの影響で世界的にイスラム嫌悪感が高まる現状についてシンクタンク関係者と意見交換し、彼らを送り出した直後に飛びこんできた。
「とうとう起きたか」というのが、その時まず頭に浮かんだ感想。テロが起きる危険性が高まっていることを認識することはできても、それがいつ、どこで起きるかまではわからない。
実は、昨年末から年明けにかけてかなりキナ臭い感じがして、ジャカルタにはりつき緊張感をもって情勢を注視していた。というのは、12月に入って警察当局による摘発が相次いでいたからである。たとえば12月18日から20日にかけて国家警察対テロ特殊部隊(デンスス88)は、年末年始にジャカルタで爆弾テロを計画したとして、西ジャワ、中部ジャワ、東ジャワ州の5都市で6人を逮捕、爆弾製造資料やISの旗を押収している。さらに23日にもジャカルタ近郊のブカシで国家警察長官やシーア派モスクを標的にしたテロを計画したとして、2人を逮捕した。大晦日には、在インドネシアのアメリカ大使館が、米国市民に対して、新年祝祭日の前後で、ロンボク島の旅行者が訪れる同島西部スンギギビーチにおいて治安が脅かされる可能性があると警告する「緊急メッセージ」を発出していた。こうした状況が年末年始の二週間ほど続いたが、心配された事態はおきず、少しほっとした矢先に飛びこんできたのが、今回のテロ発生ニュースだった。
事件発生後には、洪水のようにテロとISの関係をめぐる情報があふれたが、事件発生の1ヶ月以上前に今回の事件の骨格を描き警鐘を鳴らした人物がいる。本通信33、34でも紹介した、東南アジアのテロ専門家である紛争政治分析研究所シドニー・ジョンーズ(Sidney Jones)所長だ。オーストラリアのロイ国際政策研究所ブログ(The Interpreter)に、「ISISがジャカルタにネットワークを拡げようとしている今、インドネシアはじっとしている時ではない」と題する寄稿(2015年11月23日付け)を掲載している。
この寄稿のポイントは、
・ジャカルタやバリでテロのリスクが高まっている。なぜならシリアに渡航するインドネシア人ISシンパの戦死者が続出し、復讐心が高まっているからである。2010年以来、インドネシア国内テロの標的は警察だったが、欧米人やソフト・ターゲットを標的とする戦術転換が行われた模様。
・シリアに渡ったインドネシア人ISシンパ、元受刑者バフルン・ナイムはパリ同時多発テロを称賛し、これに学ぶようにインドネシア国内シンパに呼びかけている。彼らのソーシャルメディア、暗号を活用した連絡を治安当局が傍受するのは困難。
・シリアに渡ったインドネシア人ISシンパは、バールム・シャー〔本通信33で言及〕を指導者とするグループとアブ・ジャンダルを指導者とするグループの二つに分かれて、権力闘争を続けており、バフルン・ナイムはアブ・ジャンダル陣営に属している。両者のあいだで、東南アジアでの実績をあげるために、国内の細胞に呼びかけてテロを起こそうという衝動が生まれている。
というもので、ほぼ今回の事件の基本構造を言いあてている。察するに、警察当局も当然テロ組織側が動いていることをつかんでおり、だからこそ年末に一連の摘発が行われた。こうした摘発がなかったら、今回のテロ被害はもっと大きな規模になっていただろう。
とはいえ、小規模なグループでインドネシア社会のなかに潜伏している数々のISシンパ細胞の動向を全て掌握するのは至難の業で、取りこぼしがあった。それが1月14日の連続爆弾テロ事件だったといえよう。