NPO法人 アジア情報フォーラム

お仕事のご依頼・お問い合わせ

講演依頼、コラム執筆、国際交流企画など、ご相談は無料です

国際問題コラム「世界の鼓動」

台湾総統選――民進党圧勝の背景

理事長 池田 維

大方の事前予想通りとはいえ、台湾の「立ち位置」の明確な変化をうかがわせる歴史的な野党の圧勝となった。
今月16日の台湾総統選は野党民進党の蔡英文主席が国民党の朱立倫候補に大勝し、同時に行われた立法院選挙も同党が初めて過半数を制する結果となった。現地紙「台北タイムズ」は、この歴史的な勝利は台湾の将来を変える可能性を示唆しながら、おおむね5点に分けてその意義を指摘している。

それらは①民主主義の定着ぶり②台湾史上初めて女性総統が選出されたこと③立法院で初めて民進党が過半数を制し、いくつかの小政党が躍進したことを歴史的成果として評価し、さらに④国民党の惨敗⑤同党の馬英九政権の親中国路線が国民から拒絶されたことを今後の重要な変化の兆候として挙げた。

これらの諸点はおおむね妥当な評価であり、だれにも特段の異論はないだろう。そこで今回の選挙のこれらの特徴の背景にあるいくつかの重要な要因について少し詳しく分析していきたい。

今回の選挙結果はまず何よりも、中国への急速な接近政策が台湾人に与えた危機意識の表れを意味している、と解することができる。この8年間の馬英九政権下の対中政策の結果、人的にも、経済的にも台湾の人々が中国人たちとの接触・交流する機会は格段に増えた。

人的には、近年、中国からの観光客、ビジネスマン、研究者・学生等が大挙して台湾を訪問するようになった。経済的には、台湾の総輸出の約4割が中国(香港を含む)向けであり、対外投資の6-7割が中国との関係となり、台湾の対中依存度が高まった。

このような状況下で、台湾の若者たちにはとくに「このままでは台湾はやがて中国に呑み込まれてしまうのではないか」との警戒感が強まった。その象徴的なケースが2014年3月に起こった中国との「サービス貿易協定」締結に反対して、一時、議会を占拠した若者たちの「ひまわり運動」である。

台湾人の意識調査は数多く行われているが、興味深いのは今日、「自分たちは台湾人である」という人々が約6割に達し、「自分は中国人である」という人々は5%に満たないことだ。残りは「自分たちは台湾人でもあり、中国人でもある」と考える人たちである。「自分たちは台湾人である」と考える人たちは、対中融和策を取った過去8年間の馬英九政権下においても一貫して増加している。

中国との接触・交流が増えれば増えるほど、台湾人は中国人との違いや、民主主義体制下の台湾と一党独裁下の中国との違いを意識するようになってきた、ということができる。今後とも「台湾人意識(台湾アイデンティティ)」は増えることがあっても、減ることはないだろう。

また、今回の総統選で、蔡英文女史が300万票の大差で、朱立倫候補を破った(689万票対381万票)ことは「歴史的」に違いないが、それと同時に、立法院選挙において、民進党は歴史上初めて過半数を制したことの政治的な意味は大きい。(全議席数113のうち、民進党が68、国民党は35)。元民進党政権の陳水扁時代のように議会が「ねじれ」現象で、重要な懸案を実施できなかったことを想起すれば、次期政権は総統府と議会を与党が掌握できることになり、政権基盤を大きく安定させることになる。この立法院選挙のもう一つの特徴は、民進党、国民党に次いで5議席を獲得した新政党「時代力量」の存在だ。この新政党は「ひまわり運動」から派生した若者たちがそのメンバーになっており、今後、台湾の独立問題にどういう動きを見せるか注目されるだろう。

この選挙結果をめぐる中国の反応には当然強い関心が集まっているが、「台北タイムズ」は「むろん中国は蔡英文の勝利をあまり喜んでいない。しかし、中国が新しい段階に入った中台関係を破壊するところまではいかないだろう」と一定の期待感を持って予測している。台湾の政権交代の結果、中台関係の激変を望まない多くの人々にとってはもっともな期待である。

現在のところ、民進党政権への移行については、中国は「大陸と台湾はともに一つの中国に属する」という立場で「92年コンセンサス」の堅持を求め、「台湾の独立には反対する」という従来からの主張を繰り返している。 中国のいう「92年コンセンサス」はこのように「一つの中国」という大きな枠組みに入った方針と解すべきだが、蔡英文の主張している中台関係の「現状維持」とは、独立でも「統一」でもない一般的な現状維持策で、両者には解釈の微妙さ差異がある。

もともと国民党と中国が合意したという「92年コンセンサス」とは「一つの中国、各自解釈」であり、台湾の解釈では「一つの中国」とは中華民国であり、他方、中国にとっての「一つの中国」とは中華人民共和国だ。つまり中国はこの「各自解釈」を認めていないことから、同床異夢的な曖昧さが濃厚に残っており、それが両者の立場の差異になっている。

このため、蔡英文の「現状維持は曖昧だ」と批判することは簡単だが、そもそも「92年コンセンサス」自体も極めて曖昧なレトリックの上に立っている。中国としては、なんとか台湾を「一つの中国」という枠で縛りたいのであろう。これに対し、蔡は「尊厳と対等に基づく現状維持」を標榜しながら、同時に、中国をできるだけ刺激しないように、「平和で安定的な関係」を維持したい というにとどめている。

蔡英文としては「独立」を封印し、「92年コンセンサス」の踏み絵を踏むことなく、今後その現状維持策を進めていくことになるだろう。彼女自身は日米がともに台湾海峡において現状が一方的に変更されることに反対していることもよく承知している、と述べている。

では、中国の台湾への具体的な対応はどうなるだろうか。軍事面、外交面、経済面において中国は当面硬軟両様の政策をとるかもしれない。軍事面では台湾に向けられた1000基以上のミサイルを引き続き増強する可能性が強い。外交面では、陳水扁時代に中台双方は「国家承認」をめぐって熾烈な対立を繰り返してきた(現在、世界全体で22か国が「中華民国」を承認している)。この面での対立は馬英九政権下では「休戦状態」となっていたが、将来、復活するかもしれない。

経済面では台湾への中国人観光客を含め、これまでの中台経済関係を縮小させる方向に動く可能性もある。新政権下において、中国との経済関係に大きく依存する台湾人ビジネス界を締め付けることによって、民進党政権へのけん制、圧力を強めることは十分想定されている。民進党政権にとってこのような中国との間に、いかに適当な距離を保つかは、困難な課題であり続けるだろう。

台湾と親密な友好関係にある日米両国にとっても新政権を支援する課題は少なくないが、とりあえずは、台湾の中国への経済的依存度が低下する方向に向け、TPP(環太平洋経済連携協定)やFTA(自由貿易協定)などの分野で、新政権との協力を強化していくことが求められるだろう。

 

2016年1月23日 up date

賛助会員受付中!

当NPOでは、運営をサポートしてくださる賛助会員様を募集しております。

詳しくはこちら
このページの一番上へ