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賛助会員 小川 忠
(筆者は国際交流基金のジャカルタ事務所長として独自に情報発信をしている)
パリ同時多発テロ事件は、14年前のニューヨークでの悪夢のような惨劇の記憶をよみがえらせた。なぜ人は他者に対して、これほどの憎悪を抱くことができるのか。テロリストとは、いかなる思考、感情をもっているのだろうか。
米国同時多発テロ事件に関し、国際テロ組織は、冷戦終結後急速に力を拡大させたグローバル経済の象徴ともいえる「世界貿易センタービル」を攻撃対象としたが、パリでは、劇場、スタジアム、レストランなどの文化娯楽の場が狙われた。それゆえに、国際文化交流の現場に身を置くものとして「今そこにある脅威」を切実に感じる。国際文化交流は「話せばわかる」の精神に立脚している。「問答無用」のテロリズムは、その最低限の前提さえも破壊してしまう。
テロにおびえているのは欧米だけではなく、イスラム諸国でも同じだ。恐れをふりはらうかのように、インドネシアのジョコ・ウィドド大統領は、パリ同時多発テロの二日後、11月15日夜G20首脳会談で「イスラムは民主主義と相反しないことをインドネシアが示している」「世界最大のイスラム教徒人口を抱える国としてイスラム過激派に対してき然とした対応をしていく」と述べた。
インターネット等を通じた国際テロ組織のプロパガンダがじわじわとインドネシアに浸透し始めていることに、政府首脳は危機感を高めている。テロ対策を担当するルフット・パンジャイタン政治・法務・治安担当相は、すでにインドネシアから700人がIS(「イスラム国」)の戦闘員として中東に渡ったと明らかにし(2014年10月時点では514人だったのが一年でさらに200人増えている!)、「〔パリ同時多発テロと〕同様の事件は東南アジアでも起こり得る。テロに免疫のある国はない」「『イスラム国』は宗教を道具にしている。我々共通の敵だ」と日本のメディア関係者に語った(11/22 読売新聞)。
考えてみるとインドネシアは、2001年米国同時多発テロ事件以降、国際イスラム組織がひき起したテロに平和と安定を根底から脅かされてきた国だ。東南アジアを拠点とする国際テロ組織「ジェマ・イスラミア」が関与した、この国での大規模テロをあげると以下の通りとなる。
2002年10月12日 バリ島爆弾テロ(バリ) 死者202人
2003年 8月 5日 JWマリオットホテル爆弾テロ(ジャカルタ) 死者12人
2004年 9月 9日 オーストラリア大使館前爆弾テロ(ジャカルタ)死者9人
2005年 10月 1日 バリ島爆弾テロ (バリ) 死者23人
2009年 7月17日 米国系ホテル爆弾テロ(ジャカルタ) 死者11人
重苦しい現実を表すデータだが、同時にほのかな光も読み取ることができる。というのは、2006年以降大規模テロは目立って減り、2009年を最後に、それ以降は大規模なテロは起きていないからだ。これは、国際社会と連携したインドネシア政府のテロへの取り組みが一定の成果をあげているといえるのではないか(もちろんその取り組みは完璧ではないし、前述治安担当大臣のコメントにある通り、将来テロが起きる可能性は否定できないという留保つきであるが)。テロ組織によってイスラム過激思想が国境をこえて拡散し、各地でテロの脅威が高まっている今、インドネシア・アプローチから世界が学べるものはなんだろう。