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国際問題コラム「世界の鼓動」

多文化主義と同化主義の果てに

賛助会員 春海 二郎

(筆者は長年、在日イギリス大使館に勤務し、イギリス関係情報を独自に発信するサイト「むささびジャーナル」の運営をしている)

パリのテロ事件(11月13日)の2日後の11月15日付のObserverに、このテロ事件に関連して、文化的な多様性(cultural diversity)とどのように付き合っていくのかについて、英国とフランスのやり方の違いを論じるエッセイが出ています。書いたのはケナン・マリク(Kenan Malik)というジャーナリストで、イントロは次のようになっている。

フランスは「同化主義」、英国は「多文化主義」の国であるが、その両方でテロが起こっている。何故なのか?

Terrorism has come about in assimilationist France and also in multicultural Britain. Why is that?

フランスも英国もかつてアジア、中東、アフリカなどで植民地を有した歴史があり、それが故に21世紀の現在、自国内にさまざまに異なる文化的・宗教的な背景を有する人びとが同居している。主流は「白人」なのですが、彼らが自分たちと異なる文化的な背景を有する人たちとどのように同居していくのかについて、フランスと英国では違いがある、とマリクは考えている。

フランスの「同化主義」はフランスなりの一つの価値観や文化基準(例えば自由・平等・博愛)のようなものがあって、フランス社会で暮らすに当たっては、白人であれ非白人であれこの価値観や文化基準に同化(assimilate)することが期待・要求されている。「同化主義社会」のフランスでは、フランスの価値観を尊重している限りにおいては、誰もがフランス国民として平等な扱いを受ける・・・少なくとも理念としてはそうなっている。

それに対して「多文化主義」の英国(multicultural Britain)では、異なる文化的背景を持つ人びとはそれぞれ自分たちの基準や価値観に従って生きることが許される。良く言えば「違いに寛容」ということですが、マリクによれば、主流派の白人が非主流の人びとのためにさまざまに異なる人種や文化の箱(ethnic and cultural boxes)を用意して、その中に閉じ込めてしまうという結果にもなる。そのような英国の多文化主義についてフランスの政策立案者たちは、社会がばらばらに分裂しがちで、共通の価値観や国への帰属意識が育ちにくい点を指摘していた。

フランスにはイスラム教徒が500万人おり、西ヨーロッパ最大のイスラム教の人口であると言われるけれど、マリクによると、500万人というのは北アフリカ出身者の人口であって、実際にはそのほとんどが非宗教(secular)なのだそうです。確かに最近はイスラム教徒の人口が増えていると言われているけれど、2011年の調査によると、500万人のうち自分のことを「熱心なイスラム教徒」(observant Muslims)であると考える人は半分以下の40%、金曜日の礼拝に出席するという人は25%にすぎない。

ケナン・マリクは、現代のフランスや英国で少数派として暮らす人びとが日常生活で感じる疎外感のようなものを語ります。第二次世界大戦後に、よりよい生活を求めて植民地から大量の移民が本国へやって来る。これらの移民の一世たちは、どちらの国でも人種差別に直面したわけですが、それでも本国の社会に溶け込もうと努力していた。が、二世になると、親の世代が受け入れていた社会的差別や警官による暴力行為には反発するようになる。1980年代の英国ではそうした若者による暴動が相次いで起こっており、フランスでは2005年にパリ郊外や地方都市で北アフリカ系の若者による暴動が起こっている。

同化主義政策をとっていたフランスでも1970年~80年代には、それぞれの文化的な違いを主張することに寛容になった時期があった。ミッテラン政権のころには「違う権利」(right to be different)という考え方が広まったりもした。ただ人種差別に対する移民社会からの反発が目立ち始め、それに伴って右派勢力が主張を強めるようになると、フランス的価値観への「同化」を求める政策が復活する。2005年の暴動は、警察官による乱暴な扱いに怒った北アフリカ系の若者と警官隊との衝突がきっかけになっているのですが、暴動を起こした若者たちのほとんどが自分をイスラム教徒などと考えていたわけではなかった。なのに政府は、これらの若者の憤懣を人種差別への怒りというよりもイスラム教徒としての怒りと捉え、それがフランスという国にとっての脅威となっていると考えてしまった。

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2015年12月1日 up date

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