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国際問題コラム「世界の鼓動」

ガーディアン:「コメント民主主義」のあり方

賛助会員 春海 二郎

(筆者は長年、在日イギリス大使館に勤務し、イギリス関係情報を独自に発信するサイト「むささびジャーナル」の運営をしている)

退任したアラン・ラスブリッジャーは1995年から2015年までの20年間をガーディアンの編集長として過ごしたわけですが、それは新聞が「紙」から「ネット」へ移行した20年でもある。「紙」でも「ネット」でも文字による情報伝達という意味では変わらないのですが、「決定的」ともいえる違いの一つにネット媒体においては、読者による「参加」が紙媒体とは比較にならないほどの規模で可能になったということがあります。

紙の新聞の場合でも「読者からの手紙」(letters to editor)という形で読者の意見を伝えることは可能であったけれど、せいぜい10本~15本程度だった。ネットの場合は1000件を超えるケースもあるし、ネット新聞の上に設けられたスペース上で読者同士が意見交換をするということも可能になった。ネット・メディアならではのそのような特性を生かして、ガーディアンが2006年に始めた「実験」(experiment)が “Comment Is Free” (現在はOpinion)というコーナーだった。ジャーナリストや評論家のような人が、自分の意見を述べるようなエッセイを投稿、それに対する読者がコメントを寄せる、それを読んだ別の読者がコメントに対するコメントを投稿・・・という具合いで、読者参加型のディスカッション・スペースが作り出される。”Comment Is Free” はかつての名編集長であったCPスコットが「反対者の意見を尊重する」という社是の根幹として掲げた言葉です。

“Comment is Free” コーナーの編集担当者たち

このコーナーの責任者はジョージナ・ヘンリー(Georgina Henry)という女性編集者(故人)だったのですが、彼女の言葉によると、ATL (above the line) と呼ばれる書き手とBTL (below the line) と呼ばれる書き手が紙面作りに参加する。ATLは記者であれ、評論家、学者、政治家であれ、名前を名乗った上で記事を書く人びとのことです。BTLというのは無記名・匿名の投稿者です。

ジョージナ・ヘンリーは、Comment Is Freeの部長を務めるなかで学んだことが二つあると言っています。一つは「ATLとBTLは相互依存の関係にある」(mutually dependent)ということであり、お互いがお互いのベストを引き出すということ。そして・・・

もう一つ学んだのは、新聞の世界で育ったジャーナリストたちが自分たちの権威とか支配権のようなものを手放すことを如何に嫌っていたかということだった。

I’ve also learned how difficult it is for journalists who grew up in a print world to cede authority and control.

とも言っている。新聞記者にしてみれば、自分たちこそが物事に通じているのであり、その権威をBTLなどに壊されてたまるかという気持ちがあったということですよね。

記者たちがどう思っていようと、編集長であったラスブリッジャーは “Comment Is Free” の登場によってガーディアンのコメンタリー機能が大幅に拡大・多様化した(immensely broadening and diversifying)こと、新聞の世界に「コメント調整役」(comment moderators)とでもいうべき新しいタイプのジャーナリストが生まれたとも言っている。

(”Comment Is Free”の登場によって)我々は、表現の世界の新たなる民主主義のようなものを作り出したのである。その民主主義はときとして不愉快なこともあるが、大体において豊かで興味深い世界であり、たまには実に爽快な気分になれる世界でもある。

We had created a new democracy of expression, which was sometimes uncomfortable, but mostly rich and absorbing, and sometimes even exhilarating.

ここをクリックすると、Comment is Freeのコーナーへの参加(投稿)についての規則のようなものが細かく説明されていますが、要約すると次の3点が守られないようでは困るということのようです。

If you act with maturity and consideration for other users, you should have no problems.

大人の態度であなた以外のユーザーのことも考えてもらえれば何の問題もないはず。

Don’t be unpleasant. Demonstrate and share the intelligence, wisdom and humour we know you possess.

人を不愉快にさせるような言葉は使わないこと。あなたにだって知性・知恵・ユーモア感覚があるはず。それを発揮してください。

Take some responsibility for the quality of the conversations in which you’re participating. Help make this an intelligent place for discussion and it will be.

このコーナーで繰り広げられる会話の質の維持に責任を持つこと。この場を知的なディスカッションが行われる空間にすることです。

6月19日付のこのコーナーにガーディアンのコラムニストが書いた

Why don’t Americans call mass shootings ‘terrorism’? Racism

アメリカ人が大量射殺のことを「テロリズム」と呼ばない理由は何か?人種差別、それが理由だ。

という見出しのエッセイが掲載されています。これはサウス・カロライナのチャールストンの教会で起こった大量射殺事件について語っている記事で、「アメリカでは白人がテロリスト的な行動をとってもそれをテロとは決して呼ばない。それは人種差別主義者が殺人者とは限らないという考え方をしっかり守りたいからだ」というわけで、アメリカ社会には人種差別には甘いという特徴があるということを批判するような内容の記事です。

この記事が掲載されたのは6月19日ですが、6月20日現在で1106件のコメントが寄せられている。最初のコメントは

They didnt call Nidal Hasan – the Fort Hood mass killer – a terrorist, and he was Arabic. Anyone else got any leftist shibboleths that need demolishing?

Fort Hoodの大量殺人の犯人(Nidal Hasan)だってテロリストとは呼ばれていません。彼はアラブ人ですよ。誰か、他にこの種の陳腐な左翼的理屈を披露したい人はいませんか?叩いてへこましておく必要がある。

ガーディアンのコラムニストの主張を「左翼による陳腐な理屈」と批判しているわけです。この批判について、別の人が「テロリストと呼ばれる人も場合によっては自由のための戦士と呼ばれることもある」(One man’s terrorist is another man’s freedom fighter…)というコメントが寄せられている。このようなコメントに混じって

This comment was removed by a moderator because it didn’t abide by our community standards.

このコメントは調整担当者により削除されました。我々のコミュニティの基準に合致していないからです。

という文章が載っている。やや薄い文字で書かれているのですが、投稿者のペンネームを記したうえで、ガーディアンの基準に合わないので削除されたと言っている。なにも言わずに無視するのではなく、「違う意見もあったけれど、ひどい内容だったので削除した」と公表している。投稿そのものを「なかったことにする」のではない。

2015年6月28日 up date

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