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ところで、最近DVDで観たインドネシア映画にも、こうした二重の劣等感が基層低音のように流れているように思えた。
近年インドネシア映画界では社会のイスラム化の反映なのか、「宗教モノ」(film religi)というジャンルが流行っていて、イスラム的価値観、ライフスタイルを肯定的に描いた映画が続々と製作されている。代表的な作品が、エジプトに留学したインドネシア留学生の恋愛模様を描いて2008年に大ヒットした「愛の章句」(Ayat-ayat Cinta)だが、今回観たのも欧州に留学したインドネシアの若いカップルを主人公とする作品「欧州の空に輝く99の光」(99 Cahaya di Langit Eropa)である。(写真)
主人公の、ウィーンに暮らすインドネシア人ジャーナリストの妻と留学生の夫が、イスラム教徒であるがゆえの文化摩擦やハラスメントを体験しながら、トルコ人女子留学生たちとの交流を通じて、イスラムの誇りを失わなわず毅然として生きる姿を描く。そして主人公の女性ジャーナリストは、ウィーンやパリを旅しながら、イスラム文明は欧州に少なからぬ影響を及ぼしており、欧州の都ウィーンやパリに今もイスラム文明の名残が残されていることを発見していくのである。
この映画原作を書いたのは有力イスラム政治家アミン・ライスの娘ハヌン・ライスだ。インドネシアの若きイスラム知識人たちが、欧州で自分の誇りを守るために模索する内面の葛藤がスクリーンからも透けてみえてくる。
現代では中東において「アラブの春」が停滞するなかで、「イスラムは、科学、民主主義といった近代的価値と両立しえないのではないか」という批判に、有識者たちの心は揺れている。であるがゆえにその不安をふり払うために、「インドネシアにおいて、多様な民族・宗教が共存している」「インドネシアにおいて民主主義は機能している」と外に向かって主張したいという衝動が高まっているのではないだろうか。
イスラム諸国の声を代弁してインドネシアが「イスラム外交」の対外発信を強化していくことに異論を唱えるものではない。しかしインドネシア国内の現状を全面肯定して「インドネシアの多文化主義に問題はない」「インドネシアの民主主義は機能している」と外に向かってアピールしても、国際社会の賛同は得られまい。大事なことは、大ざっぱな一般論ではなく、多文化主義実現のためにインドネシアが取り組んできた成功と失敗の具体的事例 (たとえば本通信でもとり上げた過激思想犯たちに向けた脱ラディカル化プログラム) を紹介し、多文化共生の理想に苦悩する国際社会と共に生きていく決意を語ること。
そして、日本も同じ多文化共生の課題に直面する仲間として、インドネシアや国際社会と歩む覚悟が問われていることは言うまでもない。