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インドネシア国民議会で行われた議論は、世界に拡がりつつあるイスラム嫌悪感情に歯止めをかけることを、同国外交の目標と強く認識するものである。この目標をインドネシアの外交環境に沿って、より具体的に記述していくと、以下のような項目を達成していくことが、「イスラム外交」に求められているといえよう。
① イスラム過激勢力の暴力に起因して「イスラムは危険」という偏った認識が広がっているなか「インドネシアのイスラム教徒は、穏健なイスラム。インドネシアは安全」という認識を国際社会に普及していく。
② さらに「過激なテロ暴力は、イスラムの教えに反する。イスラム教義そのものが、昨今のテロを産んでいるわけではない」という点を非イスラム圏に納得させていく。
③ フランスの風刺週刊誌襲撃テロ発生後、米国にてイスラム教徒が射殺される事件や、欧州でイスラム教徒に対するハラスメントが発生するなか、欧米在住のイスラム教徒同胞の安全を確保する。
④ 「インドネシアのイスラム教徒は、国内の他宗教に対して寛容。インドネシアは多文化主義、多文化共生のモデル」という認識を国際社会に定着させる。
特に④について少し掘り下げたい。国際情勢の推移は、中東での過激主義台頭を抑え込むこと以上に大きな課題を世界にもたらしつつある。グローバリゼーション時代において世界各地で模索されてきた多文化主義が根底から揺らいでいるという点である。多民族・多宗教国家インドネシアも、この危機から無縁ではない。
この点から注目したのが、2月8日から3日間開催された「第6回インドネシア・イスラム教徒会議」である。従来保守的な傾向が強いとされてきた「インドネシア・ウラマー協議会」(MUI)が主催する会議だが、イスラム過激勢力による衝撃的なテロ事件が続いている海外情勢を彼らはどのように考えるか、ひと皮むけた視野の大きな提案が出てくるのか、内外の目が注がれた(写真)。
しかし、その決議には国際情勢に主体的に関わっていこうという前向きな言及が弱く、国際派イスラム有識者の期待を失望させた。
7項目の決議に含まれていたのは、インドネシア国内のイスラム教徒の団結、イスラム法や国内イスラム文化と両立しえない〔外来〕文化の拒否、文化・経済分野の過剰な「解放」のせいでイスラム的性格が損なわれていることへの懸念、海外、特にアジア諸国に在住するイスラム同胞への差別を改善するため政府による保護策強化等であり、どちらかといえば内向きの表明という印象を受ける。「インドネシア・イスラム教徒会議」は、中東における「イスラム国)(IS)の台頭について語らず、「国内イスラムの団結」と言いながらインドネシア・イスラム内部の少数派であるシーア派やアハマディア派の代表を招かなった。
上述した国会において「イスラム外交」の強化を求める国会議員は、インドネシアのイスラムを「土着の文化、生活と融合した、穏和で、寛容な信仰であり、長く異なる文化、宗教と共存してきた」という前提に立って、議論を展開した。しかし近年「インドネシア・イスラムの寛容性」に疑問符がつく、異なる宗教に対する圧力・ハラスメントや国内イスラム少数派のシーア派、アハマディア派への暴力が増加しているという情報もある。
外交が対外的に説得力をもつか否かという点において重要なポイントの一つは、その主張が事実に基づいているか、主張と行動のあいだに乖離がないか、国内向け言説と対外向け言説に一貫性があるか、すなわち信頼性の高さといってよい。
「イスラムという宗教は異なる信仰・価値を有する人々との共生の妨げにはならない」と主張するインドネシアの「イスラム外交」。この主張が国際社会の支持を獲得するためには、まず国内において、イスラム教徒自身が多文化・多宗教共生の実質を自らに問いかけることから始めないといけない。