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賛助会員 春海 二郎
(筆者は長年、在日イギリス大使館に勤務し、イギリス関係情報を独自に発信するサイト「むささびジャーナル」の運営をしている)
ニュースとしてはかなり古いけれど、話題としては絶対に古くならない・・・昨年(2013年)10月8日付のBBCのサイトに、英国のジェレミー・ハント(Jeremy Hunt)厚生大臣(Health Secretary)が行った「忘れらられた100万人」(The forgotten million)というタイトルの演説についての記事が出ています。現在の英国では高齢者を中心に約100万の人々が毎日の生活の中で「孤独」(loneliness)を感じているけれど、彼らに対する十分な援助が為されていない、これこそ「国の恥」(national shame)であると大臣は訴えたうえで
アジアでは高齢者を敬い、大事にする文化が根付いていることに強い感銘を受けた。
I am struck by the reverence and respect for older people in Asian culture.
と述べたりしている。この人は略歴を見ると、オックスフォード大学を出てから2年間ほど日本で英語を教えて過ごしたことがあるようであります。
ハント演説のテキストはここをクリックすると読むことができますが、大臣はその中で、例えば2012年~13年の1年間でイングランドにあるケアホームで起こったとされる11万2000件の虐待の大半が65才以上の高齢者が犠牲者になっているのは「何かが決定的に間違っている」(something is badly wrong)、500万人もの英国人が「テレビが主なるお友だち」(television is their main form of company)と言っていること、80才以上の高齢者の46%が「時として/頻繁に」(some of the time or often)寂しさを感じていること、ケアホームに収容されている高齢者40万人のうち定期的に家族の訪問を受ける人が少なく、多くが「預けられたまま」(just “parked there”)であることなどを挙げて
寂しさの問題は、我々が忙しさにかまけて社会として直視することを怠ってきた問題だ。
problem of loneliness that in our busy lives we have utterly failed to confront as a society
と語っています。
で、ハント大臣は、自らがお手本にしたいと言うアジアでは高齢者を施設で介護する「収容介護」(residential care)は最後の手段として活用されており、第一のオプションではない。さらにアジアでは、子供たちが自分の祖父母が家族によって介護されているのを眼にすることで、自分が歳をとったときも同じような介護を受けるのだという意識が強い。大臣はこれを「世代間の社会契約」(social contract between generations)と呼んでおり、高齢化社会を迎えている英国もアジアのやり方から学ぶべきだ、としたうえで次のように語っている。
これを言うのは楽しいことではないが、全ては自分たち一人一人が両親や祖父母の面倒を見るやり方を個人のレベルで変えることから始めなければならない。
And uncomfortable though it is to say it, it will only start with changes in the way we personally treat our own parents and grandparents.
ハント大臣の「アジア礼賛」については反論も掲載されています。労働党の影の厚生大臣であるリズ・ケンドール(Liz Kendall)さんによると、今の英国においては、高齢者を介護する家族(family carers)は600万人以上もおり、しかも無給、5人に一人が1週間50時間以上もケアのために働いている。ハント大臣はこの現実を全く無視して、政府が家族介護者を援助しなければならないのに、それをすべて家族に押し付けていると怒っている。
また「アジア礼賛」については、ロンドン・キングズ・カレッジのアンジー・ティンカー(Anthea Tinker)教授がこれを「幻想」(myth)だと言っている。彼女によると、例えば中国の場合、一人っ子家族の子供たちは都会へ出て行ってしまって高齢者の世話などできるわけがない。間もなく中国にオープンするケア・ホームは5000人収容という驚きべき規模になるとのことです。教授は「幻想ではなく現実を見よ」(We’ve got to look at the reality rather than the myth)と批判している。さらにGuardianも韓国の大学で教える英国人の見聞録として”Asia is a terrible model for elderly care“(アジアは老人介護のお手本としては酷過ぎる)という記事を掲載、韓国や日本における老人介護は「とてもお手本とはいえない」と報告しています。