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国際問題コラム「世界の鼓動」

アベノミクスの金融政策の深層  ―期待値と実効果の目立つ落差―

奥田 宏司 (立命館大学特任教授 国際金融論)

 昨年来、アベノミクスという言葉が日本中を飛び回っている。そのうち財政に関する報道はある程度なされているが、なぜか金融に関する報道は少ない。黒田東彦氏が日本銀行総裁に任命され「異次元の金融政策」に着手して以来、これまで以上に日銀が大量の国債等の購入を始めた。日本銀行が銀行等に多額の資金を供給し、貨幣量を一挙に増大させ、物価上昇を引き起こそうとするものと考えられた。

しかし、それはほとんど実現していない。日本銀行が銀行等から国債などを購入すれば銀行等がもっている「日銀当座預金」(マネタリーベースの主要項目)が増加する。これは銀行等の準備預金にもなり、事態次第では銀行等の企業等への貸出が増加し、企業が銀行等に開設している「当座預金」(手形、小切手の利用のための口座の預金、一国の貨幣量の大部分で貨幣量に占める比率は98.6%、現金通貨は1.4%)が増加していく。―――日本銀行が輪転機を回し紙幣を大量印刷して貨幣量を増加させているわけではないので、ここは誤解のないよう注意する必要がある。

しかし、日本銀行がこの1月17日に発表した「日銀当座預金」と貨幣量(M1)の推移は次のようであった。「日銀当座預金」は2012年11月の39兆7000億円から2013年11月には102兆4000億円に増加しているのに、貨幣量(M1)は542兆5000億円から577兆3000億円にしか増加していない。大企業の内部留保が多額に存在しているなかで、銀行等の企業等への貸付は増加しようがない。設備投資があっても企業は内部留保資金で賄ない借入に頼るのは少ないからである。貸付が増大しなければ貨幣量は増えない。中央銀行はマネタリーベースは左右できるが、貨幣量の調節を行なうことはむずかしいという「普通の議論」を改めて実証しているかのようである。

マネタリーベース、貨幣量の推移の統計は月毎に日銀によって公表されているにも関わらず、報道されることはほとんどない。アベノミクスの「第1の矢」と報道されるこの金融政策の如何については問う姿勢があまりないのであろうか。また、日銀の当事者たちは自分たちが公表しているこれらの統計をどのように考えられているのだろうか。さらに、この金融政策の実施を進めた一部の経済学者はこれをどう理解されているのだろうか。「異次元の金融政策」は経済学的な当否よりも、国民・投資家に「期待感」をもたせる政策に過ぎないと考えられているのであろうか。確かに、政策の当否はともかくも、多くの人々が「期待感」を持てば、ある程度はその方向へ事態は進む可能性がある。

しかし、政策についての経済学的な意味を理解する国民が増加すれば、「期待感を操作」する政策も有効力を失うのではという懸念はある。また、日銀の資産構成の変化やコール市場の事実上の消滅のように、のちに解決しにくい問題を累積させる危惧も拭えない。

少なくとも、日銀が銀行等に多額の資金を供給し貨幣量を一挙に増大させ、物価上昇を引き起こそうとする政策は実現困難である。黒田東彦総裁が登場して間もない2013年6月にBIS(国際決済銀行)が『83回年報』で先進各国が採用している「非伝統的金融政策」の持続不可能を論じた。アメリカの中央銀行FRB(米連邦準備制度理事会)が金融緩和縮小策で、それからの「出口」政策を始めたように、いずれ現下の日銀の政策も再検討されざるを得ないだろう。

もうひとつ、国民にほとんど知られて経済的事実(経済統計)に日本の貿易収支は円建で黒字、ドル建で赤字であるという事実がある。日本の輸出と輸入においてどのような通貨が利用されているかについて財務省は半年ごとに発表している。輸出ではドルが50%強、円が40%弱、ユーロなどが約10%、輸入ではドルが70%前後、円が20%強、ユーロなどが約10%である。そうすると、2011年まで貿易黒字のほとんどが円で存在し、ドルでは少しの赤字であった。なぜならば輸出額、輸入額にそれらの比率を掛け合わせて算出できるからである。12年以後、貿易赤字になったが、それはドル建での赤字が増大し、円建では依然として黒字のままである。

多くの国民は、日本の貿易は輸出も輸入もほとんどドルでなされていると考えているのではないだろうか。だから、多くの国民は円安になれば輸出に有利で日本経済の活性化につながると思ってしまう。しかし、日本の輸出でドル建は約50%で、円安の「恩恵」にあずかるのは輸出の半分である。円建は40%弱であり、その部分は為替相場に影響されない。他方、ドルでの輸入は70%前後であるから円安の物価上昇の影響は大きい。石油、その他の一次産品、小麦等の食料の輸入価格は上昇せざるを得ない。

一方、日本の対外投資においてきわめて大きな比重を占める対外証券投資は大部分がドル、ユーロなどの外貨である。2012年の投資総額は14兆7000億円であるが、ドル建は6兆8000億円、ユーロ建は6兆6000億円、円建は1兆6000億円などである(財務省の統計)。つまり、日本の投資家(生保・損保、信託、証券など)は、円をドルやユーロに換えて対外証券投資を行なっているのである。これらの投資のうち外貨建の中・長期投資は、今後の円安の傾向が出てくればますます増加し(為替利益の発生)、一層の円安が進行しやすい。逆に、円高の傾向が出てくれば投資は減少し(為替差損の発生)、さらなる円高が進行しやすくなる。

以上のように、通貨別の貿易収支、通貨別の対外投資の現状を考慮して円安・円高の原因とその功罪を考えていく必要があるのだ。

2014年1月19日 up date

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