NPO法人 アジア情報フォーラム

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国際問題コラム「世界の鼓動」

言語とともに消えるもの

賛助会員 春海 二郎

(筆者は長年、在日イギリス大使館に勤務し、イギリス関係情報を独自に発信するサイト「むささびジャーナル」の運営をしている)

アメリカのNational Geographic(NG)に掲載されていた「消えていく声」(Vanishing Voices)という記事は世界の消滅危惧言語について語っているのですが、とても考えさせられるエッセイです。

現在のロシア連邦を構成する国の一つにトゥヴァ共和国(英語でRepublic of Tuva)というのがあります。面積は(ウィキペディアによると)17万500平方キロだから、日本のざっと半分、人口は約30万人で、使われている言語はロシア語とトゥヴァ語です。記事によるとトゥヴァ語をしゃべる人は約23万5000人とされているけれど、これはロシア全体のことで、現在のトゥヴァ共和国の国内における数ではない。またトゥヴァ語は隣接する中国の新疆ウィグル地区にもしゃべる人がいるそうで、それらも入れるとざっと26万4000人がこの言語を使えるのだそうです。

そのトゥヴァ語の中で英語にもロシア語にも訳すことができない(とトゥヴァ人が考える)言葉の一つにkhoj ozeeriというのがある。これは発音が最も近いものを英語のアルファベットで表現したもので、トゥヴァ語ではхой эъдиとなるのですが、意味はトゥヴァ流の羊の殺し方と関係がある。この国では人間が指で羊の動脈を切断することで殺すのですが、その方法だと羊は死ぬことへの警戒心ゼロの状態で一滴の血も流さずに平安のうちに死んでいくのだそうです。khoj ozeeriには、このようにして羊を殺すことに必要な「親切心」「優しさ」「儀礼」という意味も含まれている。トゥヴァでは、(外国でやるように)銃やナイフで動物を殺すと虐待の罪で逮捕される。

National Geographicによると、トゥヴァ語はいまでも26万人が使うのだから未だ絶滅危惧言語とはいえないけれど、隣接するシベリアの村で使われているトファ(Tofa)という言語などは、使える人の数が約30人にまで減っているのだからほとんど滅亡寸前です。実際にはトゥヴァ語がそのような運命になっていても不思議ではなかった。1950年代のトゥヴァではロシア語を使うのがファッションとされた時期があったのですが、ソ連の崩壊によって土着のトゥヴァ語が生き残った。それでも外の世界と接触するためには、ロシア語、中国語、英語をマスターする必要があり、時代の経過とともにトゥヴァ語も消えてしまう危険性はある。

National Geographicに出ていたトゥヴァ語をあと二つ紹介します。一つは “ezenggileer”。これは乗馬のときに足を掛ける「あぶみ」(stirrup)という意味があるのですが、もう一つ馬のギャロップ(足踏み)のリズムにあわせてトゥヴァ独特の「喉歌」(喉を詰めて笛のような音を出す歌唱法:throat singing)を歌うという意味もある。ここをクリックするとトゥヴァの喉歌を聴くことができます。

もう一つ紹介するべきトゥヴァ語は “songgaar” と “burungaar”のペアです。前者は「後戻り」(go back)という意味で、後者は「前進する」(go forward)という意味なのですが、ややこしいのは前者に「未来」(the future)という意味があり、後者には「過去」(the past)という意味があるということです。National Geographicによると

トゥヴァ人は過去は自分の前方にあり、未来は自分の背後にあると考えている。

Tuvans believe the past is ahead of them while the future lies behind.

とのことです。

世界の人口はおよそ70億とされているのですが、世界中で使われている言葉の数は約7000言語らしいですね。平均すると一言語につき100万人ということになる。もちろんこんな平均は全く当てはまらない。中国語は13億4000万人、英語は5億3000万人、スペイン語が4億2000万人ときて、日本語だって1億人以上いる。これらの言語を「大言語」(large languages)とすると、85の最大言語が世界の総人口の8割の人々によって使われ、3500ある最少言語(smallest languages)を使っているのは825万人となる。National Geographicによると、いま現在、2週間に1言語の割で少数言語が消えて行っており、21世紀が終わるころには7000のうちの半分が消えてしまうと推測されているのだそうです。

National Geographicのエッセイは

ある言語がこの世から消えることによって、本当は何が失われるのか?

What is lost when a language goes silent?

と問いかけています。

2014年1月26日 up date

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