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朝夕の通勤電車の中、三人に一人はイヤホンを両耳に着けてipodを聞いたり、スマートホンを操作したりしている。イヤホンで両耳を塞いだまま自転車に乗っている高校生の通学姿を見ることもある。このように電車や、自転車等の乗り物で、動いている時に外の音が聞こえなくて怖くないのだろうか。私はこの年になって努力しても出来ない事や、馴染めないことがいくつか有る。その一つが両方の耳にイヤホンを着けて音楽やラジオを聞くことだ。勿論ヘッドホンも同じ。
結婚40周年の記念品として子供達からipodを貰った。「年を取って電車の中でボーと寝てないで、好きな落語や映画音楽でも聞いて楽しい時間を」とのメッセージが添えてあった。早速昔買った好きなタンゴや演歌をはじめ、落語等のCDを出してきて、ipodに取り込み(作業は自分で出来ないので妻に頭を下げた)、イヤホンと通勤鞄に入れての毎日が始まった。既に数ケ月が過ぎ、混雑した電車の中でも片手でipodの操作が出来るようになったが、どうしても両耳をイヤホンで塞ぐことが出来ない。イヤホンは右耳だけに着け、左耳用は胸のポケットに仕舞い、左耳はそのままである。外の色々な音が聞こえなくなることに耐えられないからだ。
三十六年間の海上自衛隊勤務で培われた「職業病」と言ってもいいだろう。艦隊での戦闘訓練や作業訓練時、各部署の指揮官同士は艦内有線電話で会話をする。その時に電話のヘッドホンは片方だけを耳に当てて、一つは頭の上に置き、必ずどちらかの耳は外の音が聞ける様にと厳しく躾けられた。風向きを肌で感じながら、船体が波を切る音や体に伝わるエンジンの音等周囲の自然界の音を聞き、情報交換することの大切さを教えている。艦が如何にハイテク化しても、船乗りは自然の中で五感を生かして行動する事を教わる。常に海という大自然の中で、艦とともに生かしてもらっているとの謙虚さの表れでもある。だから「七つの海を制する」という自然界に対し驕った言い方は決してしない。
内宮・外宮の森を歩き、日本人の古里とも言える大自然の中で新旧のお社に参拝し、心を洗われた気持で船に帰った。神々しい神宮の山の端に太陽が沈もうとしている。自然と手を合わせ国の安寧を祈る。ふり返ると、東の空には満月(十五夜お月さん)の仲秋の名月が昇り、笑いかけているように見えた。
「何事のおはしますかは知らねども かたじけなさに涙こぼるる」(西行法師)
(平成25年10月22日)