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むささびジャーナル256号でも紹介したとおり、彼女が最も影響を受けたのは父親だそうで、リンカンシャーという田舎にあるグランサムというごく小さな町の乾物屋さんをやっていた人です。
ただこの父親は、単なる乾物屋の主人というだけではなく、非常に熱心なメソジスト派のキリスト教徒であると同時に、名誉市長をやったりする町の名士でもあった。 その父親の影響で、彼女も質素・倹約・刻苦勉励などの精神を大事にしたはずだったのですが、彼女の政策の結果として起こったことは、全く違っていた、とアンドリュー・マーは言います。
サッチャリズムの時代を特徴付けたのは、かつてないほどの消費熱であり、クレジット文化であり、富を見せつけることであり、手軽な金儲けであり、性的な自由快楽主義などであった。自由とはそいういうものだ。人間を自由にした途端に、何のための自由であるかが分からなくなってしまうということだ。
Thatcherism heralded an age of unparalleled consumption, credit, show-off wealth, quick bucks and sexual libertinism. That is the thing about freedom. When you free people, you can never be sure what you are freeing them for.
サッチャーとしては、労働党流の面倒見のいい大きな政府から英国人を「自由」にすることによって、「自立した質素で勤勉な個人」を基盤にした国にしようと思っていた。なのにそうはならなかった。ビクトリア時代の古きよき英国を復活させるつもりだったのに、「金がものを言う」社会を実現してしまった・・・単純化するとこうなりますね。
次に紹介しておきたいのが、月刊誌The Prospectの2009年5月号に掲載された”Meaning of Margaret“(マーガレットの意味)というエッセイです。筆者はデイビッド・ウィレッツ(David Willetts)という人で、現在は保守党の国会議員。サッチャー首相の政策担当秘書官を務めており、1980年初期から半ばにかけてのサッチャー政権の中にいて仕事をした人物です。1956年生まれだからサッチャー政権の政策担当秘書官に任命されたは28才の時です。あの当時は当然、「サッチャー革命」の推進役の一人であったわけですが、いまは必ずしもそうではない、と言っています。
デイビッド・ウィレッツはまず、
サッチャー政府が発足当初よりも英国の状態を好転させたことは確かなことである。そのようなことはどの政権についても言えることではない。サッチャーの後継者であるジョン・メージャーの功績は、サッチャー改革の多くの部分をそのまま引き継いだことにある。おかげで1997年に誕生した労働党政権もこれを後戻りさせることはできなかったのだ。
Her government left the country in better shape than it found it, and you can’t say that for every government. John Major’s achievement was to sustain many of the changes so they could not be reversed by Labour in 1997.
と述べています。トニー・ブレアは労働党の党首に就任するにあたって、それまで堅持してきた「産業の国有化」という労働党の綱領の核心の部分を廃止して市場経済主義を採用した。富を生み出す制度としては「産業の国有化」よりも、個人の自由な経済活動に基礎を置く市場経済体制の方が優れているということを労働党さえも認めてしまったわけです。サッチャーが労働党を変えてしまった。
ウィレッツは次にサッチャリズムの負の面(downside)については次のようにまとめています。
(サッチャリズムの)最大の弱点は、その経済改革の果実にあずからなかった人々があまりにも多かったということである。このことによって思想的な真空が生まれ、その真空は経済的な効率と社会正義の両方を提供することを訴えたトニー・ブレアによって満たされることになったのだ。
And the downside? The biggest is that too many people did not share the fruits of our economic reforms. And this in turn left an intellectual vacuum that Tony Blair could fill with his claim to offer both economic efficiency and social justice.
つまりサッチャーさんが推進した産業の民営化や規制緩和によって、英国経済はよみがえったとされていたけれど、実は貧富の差が拡大するなどの負の面ももっていた。サッチャーさんが推進した経済改革のマイナス面をどうするのかということについての「思想的な真空状態」(intellectual vacuum)を埋めたのがブレアさんの「社会正義に基づいた市場経済主義」だの「第三の道」だのという考え方であったわけです。