NPO法人 アジア情報フォーラム

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国際問題コラム「世界の鼓動」

サッチャリズムの功罪

賛助会員 春海 二郎

(筆者は長年、在日イギリス大使館に勤務し、イギリス関係情報を独自に発信するサイト「むささびジャーナル」の運営をしている)

サッチャー

4月8日にサッチャーさんの死去が発表されてからというもの、英国メディアはサッチャーと「サッチャー時代」に関する記事で埋め尽くされたのですが、ややもすると感情的なサッチャー論が多くて辟易してしまった。
サッチャーさんについては、これまでにも度々むささびジャーナルで取り上げて、英国人が考える「サッチャー観」のようなものを紹介しています。それらの中のいくつかを再編成して紹介させてもらいます。

サッチャーさんが生れたのは1925年、25才のとき(1950年)に下院議員選挙に初めて立候補して落選、9年後の1959年に再び立候補して初当選、晴れて下院議員(Member of Parliament: MP)となっています。それから16年後(1975年)にエドワード・ヒースを破って保守党の党首に就任、1979年の選挙で彼女の率いる保守党が労働党を破ってサッチャー政権が誕生しています。サッチャー54才のときです。この選挙における保守党と労働党の得票数と獲得議席数を1974年の選挙結果と比べると

1974年 1979年
保守党 1040万(276議席) 1370万(339議席)
労働党 1140万(319議席) 1150万(268議席)

となり、労働党の得票数自体がわずか(10万票)とはいえ増えているのに対して、サッチャー率いる保守党に投票した人の数が1974年(ヒース党首)に比べて300万人以上も増えている。大勝利です。なぜこうなったのか?いろいろと理由はあるのでしょうが、サッチャー人気というよりも、そのころの英国社会の状況に国民全体がいい加減うんざりしており、それまでとは違う指導者を求めていたということだった(と思います)。

サッチャー

清掃関係の労働者のストライキが頻発して町中にゴミの山ができ、新聞やテレビでは「英国病」だの「欧州の重病人」という言葉が頻繁に使われたりする。その一方で第二次大戦が終わって30年、みじめな敗戦国であったはずの日本や西ドイツが目覚ましい経済復興を成し遂げ、英国中に日本製品が出回り始める。象徴的な出来事が1976年の労働党政権の時代に財政的に破綻してIMFから借金せざるを得ない状態に陥ったことが挙げられます。いまのギリシャやアイルランド、スペインの人々の不安・不満を想像すれば、あのころの英国人の心理状態も察しがつきます。英国人が英国に対して自信を失ってしまった時期だったということです。その意味ではいまの日本人にも共通する部分があるのではないかと思います。

むささびジャーナル132号(2008年3月16日)で取り上げた政治ジャーナリスト、アンドリュー・マー(Andrew Marr)は”A History of Modern Britain“の中で、1979年に首相になったサッチャーさんが語った次の言葉を紹介しています。

この政府の使命は、経済的な進歩を促進するということよりもはるかに大きなものがある。それは、この国の精神と団結心を新たなものとするということである。この国の新しいムードの中核に置かれなければならないのは、自信と自尊心を回復させるということなのだ。
The mission of this government is much more than the promotion of economic progress. It is to renew the spirit and the solidarity of the nation. At heart of a new mood in the nation must be a recovery of our self-confidence and our self-respect.

マーによると、「英国に自信と自尊心の回復させたい」というサッチャーさんが目指したのは、英国における社会道徳の復興であったとのことです。すなわち、しっかりした結婚関係、自立と貯蓄、自己抑制、よき隣人関係、そして勤勉さ・・・いずれも大英帝国華やかなりし19世紀(ヴィクトリア時代)の英国を支えたとされる倫理観です。サッチャーさんが目指したのは、このような道徳心を基盤にした英国の再建ということです。

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2013年5月14日 up date

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