NPO法人 アジア情報フォーラム

お仕事のご依頼・お問い合わせ

講演依頼、コラム執筆、国際交流企画など、ご相談は無料です

新着情報

【国際交流活動】台湾高座会との交流

李登輝総統とのふれあい

私は2000年から台湾に駐在し、2001年・2002年と台湾日本人会の会長を務めた事もあり、李登輝元総統とお目にかかる機会は多かった。しかし、李総統は雲の上の存在であり、お目にかかっても私が記憶に残るような関係ではなかった。その後、可愛がっていただけるようになれたのは、私の赴任前年の1999年9月21日の台湾中部大震災がきっかけだった。あの地震にて台中日本人学校が倒壊し、日本人社会では子息の通える学校が無くなり、途方に暮れた。李総統は地震直後の10月7日に倒壊現場まで慰問いただき、日本人社会の窮状を察し、翌日には早や校舎再建の為の代替地をご提案いただいた。

台中日本人学校再建記念

台中日本人学校再建記念

再建は突貫工事で進められ2001年2月12日には立派な新校舎での授業が再開できた。地震から回復が進まない地域が残っている中で、本式典への参加には李総統も躊躇されたようで、結局震災三周年の2002年9月20日に台中日本人学校を訪問いただいた(写真参照)。しかし、当日私は台北~台中間で大渋滞に巻き込まれ、李総統より遅れて到着してしまった。李総統も台北から向われたわけで、その前に言い訳など許されるものではない。学校でお待ちいただいた李総統より「岩永くんは未だ着いていないのか!」と、優しい叱責を受け、冷や汗をかいた事を忘れられない。余談ながら、李総統が促進された新幹線が当事開通していれば、こんな事は無かったのだが。

その後はご自宅までお伺いする機会も得られ、李総統の「政治哲学・人生観・宗教観」等を聞かせていただいた。特に印象的だったのは、事実上半世紀にわたる国民党一党独裁政権の中で、台湾人として頭角を現し、その後民主化を進め、国民の直接選挙による総統選までのご苦労。その過程では想像を超えるご苦労があったようだが、抵抗勢力が強い中、目標に向かって着々と布石を打って完成させられた台湾の民主政治! 正に李総統は「台湾民主主義の父」と言える。また、年齢を重ねられても、台湾に対する深い愛、日台関係を重要視し、人生を台湾の将来に捧げ、若者の真の意味での教育に貢献していきたいとの高邁な理想を感じた。

私が住友商事を辞して、早稲田大学にて「日台中米関係(台湾に焦点)」の講座を持つようになったのも、李総統の影響が大きい。講座を始めて来期で6年目になる。毎年3月に講義の締めくくりとしてゼミ生を台湾研修に連れて行っている。この時は常に李総統との面談をお願いしている。李総統は「岩永ゼミの学生に講話をし、議論するのは楽しい」と言って二時間半程の長時間を割いていただける。今年も3月初めに訪問した。「もう92歳になったよ」と言っておられたが、昨年より寧ろ若返られた感じだった。台湾研修では政治経済・外交関係に加え企業訪問など多彩な方々との面談を設定しているが、やはり学生達に取り一番印象に残り、今後の人生を考えさせられたのは李総統だったようだ。李総統は今回の台湾高座会メンバーの来日にも合わせて、訪日を予定されていた。最終的に体調を配慮し、断念されたが、ご健康で益々のご活躍を祈念したい。

岩永康久(会員)

1 2
2013年5月14日 up date

賛助会員受付中!

当NPOでは、運営をサポートしてくださる賛助会員様を募集しております。

詳しくはこちら
このページの一番上へ