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賛助会員 春海 二郎
(筆者は長年、在日イギリス大使館に勤務し、イギリス関係情報を独自に発信するサイト「むささびジャーナル」の運営をしている)
8月2日付のThe Economistの社説によると、ガザにおける戦いでイスラエルは
戦闘に勝ち、戦争に負けている
Winning the battle, losing the war
となっています。「戦闘」というのは爆弾を落としたり、ミサイルを発射して相手に物理的・精神的な損害を与えることですが、ここでいう「戦争」(the war)というのは国際的な「世論」を見方につける争いという意味です。
状況がいまのようなひどいことになる以前の今年6月にGlobescanという組織が23か国・25000人を対象に行った国際世論調査によると、イスラエルは候補に挙げられた17か国の中でも下から4番目という下位に低迷した。この調査はそれぞれの国が世界にとって「良い影響を与えるか、悪い影響を与えるか」(good influence or bad influence)を問うものであったのですが、イスラエルより下にきたのは北朝鮮、パキスタン、イランの3か国だけだった。ウクライナをめぐる行動で顰蹙を買っていたロシアよりも低かった。
イスラエルにとっては常に強い味方であるアメリカにおいてさえも、イスラエルのパレスチナへの仕打を許せないという人は39%にまで上っており、若年層の間ではイスラエルを支持する意見が25%にまで落ち込んでいるのだそうです。
The Economistによると、イスラエル人はいまや世界が自分たちに敵対しており、それは結局のところ世界の人びとの反ユダヤ意識のなせる業であると考えている。確かに国際世論の中には、イスラエルをボイコット(Boycotts)し、イスラエルから資本を引き揚げ(Divestment)、さらにはイスラエルに経済制裁(Sanctions)を課そうというBDS運動が盛り上がったりしている。
中にはパレスチナ人への平等な権利どころか1948年のイスラエル建国によって追われたパレスチナ難民すべての帰還を要求したりする声もあったりする。パレスチナ難民すべての帰還ということは、事実上、ユダヤ人の祖国としてのイスラエルの存在そのものを脅かすということにも繋がってしまうわけですが、フランスにおける最近のデモを見ていると、ユダヤ教のシナゴーグやユダヤ人が経営する企業への抗議活動などもあり、反戦=反ユダヤ人の様相を呈している部分もある。
そのような状態ではイスラエル人たちが「世界が敵だ」と思い、イスラエル批判が「仮面をかぶったユダヤ人嫌い」であると思ったとしても不思議ではない。しかしイスラエルがそれらの批判を全面的に無視するのは間違っている(they would be wrong to ignore it entirely)とThe Economistは言います。一つには、イスラエルのような貿易立国にとって国際世論というものを無視することはできない(public opinion matters)ということがあるけれど、もう一つ、外国のイスラエル批判には正しい部分もあるからだと言います。
例えばガザにおける暴力のスケール。この数週間でパレスチナ側の死者が1400人を超えているのに対してイスラエル側の死者は兵士が56人、民間人が4人です。いくらハマスの暴力が悪いのだと言っても、これだけ多くの子供たちが犠牲になるような軍事戦略がまかり通るようでは民主主義国家とは言えない。そのような暴力的な破壊行為のおかげで、穏健派のパレスチナ人の心がますますハマスの側に近づいてしまっている。この地に平和があるとすれば、イスラエルにとっては穏健派のパレスチナ人の存在こそが望みの綱であるということです。
余りにも不釣り合いな犠牲者の問題もさることながら、イスラエルが耳を傾けなければならないのは、過去20年間も言われながら実現にいたっていない、パレスチナ国家の設立による、イスラエルとの「二国共存(two-state solution)」の必要性を強調する声である、とこの社説は言っている。この地に平和をもたらすとすれば「これしかない」という解決策であり、時はイスラエルにとって有利には動いていない。イスラエルとパレスチナが共有する土地において、いまでもパレスチナ人の人口がイスラエル人のそれを上回っているかもしれない。
ということは、このままで行くとパレスチナ人とイスラエル人が一つの国の中で共存しなければならなくなるということであり、イスラエルにとっての選択肢が、次の二つのうちのどちらかということになってしまう。一つは現状のようにパレスチナ人を疎外状態にしたままの非民主主義的な占領状態を永久に続けるということ、もう一つは民主主義体制ではあるけれどパレスチナ人が多数派でイスラエル人は少数派という状態・・・ということです。どちらをとっても、すべての人々に平等な権利をというイスラエル建国の精神とは程遠いものになってしまう。
イスラエルがこれ以上、占領地域における定着化を推進すると、二国共存体制が実現したあかつきにはパレスチナ国家が建設されるはずの土地までイスラエルが呑み込んでしまうことになり、平和はますます遠いものになる。
ガザにおける流血と悲惨を考えて、ナタニエフ氏は自分が批判者の声に耳を傾けたということを示すチャンスが間もなく訪れるであろう。戦闘に勝利した後に交渉のテーブルにつくということもあるだろう。が、今度こそは真の和平案を持って来なければならない。イスラエルの真の友人たちは、ナタニエフ氏がそのようにするために圧力をかけるべきなのである。
For all the blood and misery in Gaza, Mr Netanyahu will soon have a chance to show he has heard the critics. Having won his battle, he could return to the negotiating table, this time with a genuine offer of peace. Every true friend of Israel should press him to do so.
とThe Economistは言っています。