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国際問題コラム「世界の鼓動」

BREXIT: 「英国には失望した」

賛助会員 春海 二郎

(筆者は長年、在日イギリス大使館に勤務し、イギリス関係情報を独自に発信するサイト「むささびジャーナル」の運営をしている)

mj413-dividedwefall国民投票で「離脱」が勝利したのが、2016年6月23日。あれから2年半、何が何だか分からない状態に陥っている一方で、トニー・ブレア、ジョン・メージャーらの元首相を中心に「国民投票をやり直せ」という声が高くなっている。これに対してメイ首相が「やり直しは国民との信頼関係を裏切ることになる(break faith with the British people)と非難、さらには強硬離脱派のボリス・ジョンソンもブレアらの動きを「吐き気がする」とまで批判したりして・・・。

国をあげて思考停止状態

要するに気の毒なほど分断・膠着状態が続いているわけですが、そんな中で12月12日付のThe Economistの政治コラムが、「BREXITのおかげで英国全体が思考停止状態になっている一方で、外国における英国のイメージが好意から失望へと様変わりしつつある」と述べている。これを読んでいると、クールな保守派エリート・メディアの代表格のようなこの雑誌までもが自信喪失状態なのか・・・と思えてしまう。

mj413-cabnetmeetingこれまで英国・英国人といえば海外の識者の間では、実用的(pragmatic)で「基本的に賢明」(fundamentally sensible)な国であり人たちであるとされてきた。貿易立国として無茶はやらないし世界に向けて門戸を開放している国というイメージです。それをぶち壊したのがBREXITだった、というわけで、今や外国人が英国人について語るとき「昔は賢こかったけれど何故か気が狂ってしまった親戚」(an admired relative who has gone stark raving bonkers)という語り口になる。私が好きだったあの英国はどうしてしまったんだ?「常識」はどこへ行ってしまったのか?と、これらの言葉には、世界が何か大切なものを失った喪失感のようなものが伺える。

国際関係の素人たち

「基本的に賢明」どころか、相手にする国としては最悪の存在、即ち混乱しているくせに頑迷な国(chaotic and headstrong)、それが英国である、と。賢明なる仲間(パートナー)を失いつつあるのはヨーロッパだけではなくて世界全体がそのように感じている。このコラムによると、世界の政治指導者の間における英国のイメージとして「頑固・頑迷」の次に来るのが「素人」(amateurism)ということだそうです。BREXITをめぐる交渉で英国を代表してやって来る人間たちが余りにも無能で、離脱後の具体的な計画のようなものを全く持ち合わせていないことにEU側の担当者は戸惑いさえ覚えた。
mj413-ukip19世紀の思想家でThe Economistの編集長でもあったウォルター・バジョット(Walter Bagehot)は、英国が3つのグループから成ると主張した。政府に代表される「効率的にして有能」(efficient)なグループ、王室に代表される「威厳に満ちた」(dignified)グループ、そして最後が「狂ってしまった」(deranged)人間たちのグループというわけです。王室の慢心、大衆紙のセンセイショナリズムにもかかわらず、英国の真ん中には常に物事を賢明に取り仕切る能力をもった人間たちがいた。だからこそ国としてまとまってきたのだ、と。なのに・・・今や外国から見るとその「真ん中」の部分が機能停止状態に陥っている。サーカスの道化役のような人間が大きな顔をしてのさばっており、賢明な人間は皆ロンドン塔に閉じ込められてしまっている(the sensible people have been locked up in the Tower of London)というわけです。

反英主義の芽生え

問題を抱えているのはもちろん英国だけではない。アメリカもフランスもそしてあのスウェーデンでさえも政府を形成するのに苦労している。英国はいまでもいわゆる「ソフトパワー」としての強さを失ってはいない。が、それがBREXITによって怪しくなっている。英国は自らの主導によって、欧米諸国を自由主義的な展望(liberal vision)のもとにまとめる役割を果たすことができたはずだった。英国こそが自由貿易とEUを世界秩序の中心に据えるべく指導的な役割を果たせたはずだった。

mj413-mayplusEUの中でも特に北欧諸国がBREXITに憂慮している。EUから英国が抜けると、独仏の枢軸体制が強まり、EUのパワー・バランスが南ヨーロッパに移ってしまうことを懸念している。ヨーロッパではBREXITに触発されたかのような「反英主義」(Anglophobia)の芽生えさえ見られる。ドイツのあるコメディアンなどは、「英国が出て行くのを待っている必要はない、こちらから追い出してしまえばいいのだ」と公言している。「どうせ英国なんてヨーロッパ大陸のイボみたいなものなのだ」というわけです。

最後の審判?

英国の国民投票でEU離脱派が勝利する以前から、EUにおける行き過ぎた官僚主義に対する批判の声はあった。その人たちは離脱派の勝利を「欧州の官僚主義に英国が立ち上がってくれた」として歓迎さえした。しかしそのような声もフランスのマリーヌ・ル・ペン(Marine Le Pen)やアメリカのトランプ主義者であるスティーブ・バノンのような右翼勢力に乗っ取られてしまった。

mj413-exitfrom世界のオピニオンリーダーたちの間で、英国のマイナス面のみを見ようとする態度が以前よりもはるかに強くなっている。国民投票におけるBREXITの勝利は、この国が以前から抱えている問題を浮き彫りにしたとも言える。例えば専門的な知識や経験を有した人間よりも「誤った自信とこけおどしだけが得意な人間」を育成しているエリート教育がある。しかも政治指導者たちがオックスブリジのエリートたちに占領されている。彼らは何でもかんでもロンドン中心の発想に陥って英国の大衆の気持ちなど忘れてしまう。さらに保守党は陳腐な凡人(pompous mediocrities)を生み出している。

BREXITは単なる「間違い」と言って済ませられるようなものではない。それは英国にとって「最後の審判」になり得るものであるということなのだ。
The reason Brexit is doing so much damage is not just that it is a mistake. It is a reckoning.

 

2018年12月23日 up date

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