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賛助会員 春海 二郎
(筆者は長年、在日イギリス大使館に勤務し、イギリス関係情報を独自に発信するサイト「むささびジャーナル」の運営をしている)
10月11日付の書評誌、London Review of Books (LRB) に上海社会科学院(Shanghai Academy of Social Sciences)のSheng Yunという教授(女性)が、いまの中国における女性の地位に関するエッセイを寄稿しています。彼女は1980年の生まれの38才、LRBの姉妹誌であるShanghai Review of Books(SRB)の編集にも参加しています。LRBに寄稿したエッセイは4000語を超える長いもので、これを手短にまとめるのは無理、というわけで、むささびの独断と偏見でごく一部だけ切り取って紹介します。ここをクリックすると全文を読むことができます。
エッセイは次のような書き出しになっています。
I have never felt the need to call myself a feminist…
自分はこれまで自分のことを(女性の権利を主張する)フェミニストであると自称する必要性を全く感じたことがない・・・というわけです。何故?彼女が女性が圧倒的に強い環境で育ったから。小学校時代、学校におけるガキ大将(most ferocious person)といえば女の子に決まっていたのだそうです。
彼女が生まれた1980年は、かの有名な「一人っ子政策」が始まった年でもあるのですが、彼女が育った時代、学校の成績は大体において女の子の方が上だった。特に「一人っ子政策世代」(1980年~2015年)の場合、学校における男女比は大体において50:50だったけれど、女の子は成績順では中から上位を占めており、トップであることもしばしばだった。1999年に中国の大学が入学者の数を大幅に(110万人→160万人)増やしたけれど、それ以来大学入学では女子が男子を上回るという状態が続いており、2018年の数字では女性の大学生が全体の52%を占めている(日本における大学生の男女比は男55.9%:女44.1%だそうですね)。
筆者によると、中国は企業社会においても女性の進出が著しい。例えば中国におけるハイテク企業の約8割(79%)が少なくとも一人は女性の役員を置いている。アメリカの場合は54%、英国企業は53%だから、中国企業における女性の進出はかなり高いと言える(と筆者は言っている)。
要するに中国は女性中心社会なのであり、今さら女性の権利主張など叫ぶ必要はない・・・というわけですが、筆者によるとそれは都市部の中国のハナシなのだそうです。田舎へ行くと事情は全く違っていて、まるで別世界(different planets)の父権社会(patriarchy)が広がっている。そこでは女性は妻および母としての役割を果たすことだけが求められる。女性は「不良品」(flawed goods)であり、世の中に捨てられた存在(cast away)と見なされる。さしたる理由もないのに夫が妻を殴るのは当たり前、女性はまともな人間扱いされておらず、(例えば)離婚を女性が言い出すなどあり得ないことなのだそうであります。
多くの女性が村を捨てて町へ出て、掃除婦、女中(housekeeper)、ケアワークのような仕事にありつく。必ずしも離婚して町へ出るわけではないけれど、町に出た女性は田舎へは帰りたがらない。筆者が雇っている女中さんの場合、無職の夫とビデオゲームに浸りきっている息子がおり、彼らを養うために数軒の家庭を掛け持ちして1週間7日働いている。何故離婚しないのか?と聞くと「離婚などしたら自分自身の生き甲斐を失うことになる」(she would lose her purpose in life)とのことだった。
地方社会と並んで男性中心主義がまかり通っているかに見えるのが政治の世界です。例えば政治の中枢とも言える中国共産党の中央政治局常務委員会の委員7人がすべて男性です。ただSheng Yunに言わせると、これは女性蔑視というよりも世代の問題である、と。7人の委員がすべて彼女の父親の世代の人間であり、彼らが成人となった頃(文化大革命の時代)の中国では今ほど大学教育を受ける人間はいなかった。これから10~15年もすると、「一人っ子政策世代」の人間が政権の中枢を担う時代になる。そうなると政治の世界も今ほどには「男中心」ではなくなるであろうというわけです。
そもそも中国の指導層にはウーマンパワーに対する拒否反応のようなものが存在しない。習近平氏自身、現在の奥さん(二人目)は、中国では知らない者はいないというほど有名な歌手だった人物であり、子供は娘です。また官僚の世界でも男性が女性の上司に仕えることは何も不思議なこととはされない。ランクの低い者が高い者に従うのは当たり前ということです。
最後に中国における「少子化」について。「一人っ子政策」が「二人っ子政策」に変わったのが2年前の2016年です。人口及び家族計画法(Population and Family Planning Law)なるものが出来たのですが、それによる新生児数は2015年(1660万:一人っ子政策時代)→2016年(1790万)→2017年(1720万)という移り変わりになっている。二人っ子政策の最初の年(2016年)は前年比130万人の増加を記録したけれど、2017年になると70万人減っている。筆者によると二人っ子政策への転換の成果は「思ったほどではなかった」(less than anticipated)のだそうです。
ところで中国では独身女性が妊娠、子供を産もうとすると面倒なことになるのだそうですね。罰金を科せられる(罰金額は地方によって異なる)だけではなくて、家族登録簿(hukou:household registration)に載せてもらえないこともあり得る。そうなると無償教育や社会保障の対象として見なされなくなる。独身女性でも子供を産めるようにするということは、中国の家族登録制度そのものを根底から変えることを意味するのですが、筆者によると、現代中国における国内移住管理の中核となっているのが、この”hukou”という制度なのだそうです。中国政府は何かというと、「少子高齢化」だの「労働力不足」だのを避けなければと声高に叫ぶけれど、筆者によると・・・
もし高齢化社会が現実の脅威となっているのだとするのなら、そろそろ独身女性が子供産んでも罰金を科せられるというようなことがないようにするべきときなのではないか。
If the ageing society is so imminent and so threatening, maybe it’s time to allow single women to have babies without fear of punishment.
とのことであります。