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賛助会員 春海 二郎
(筆者は長年、在日イギリス大使館に勤務し、イギリス関係情報を独自に発信するサイト「むささびジャーナル」の運営をしている)
7月27日付のThe Economistに “Loneliness is not just a problem for the elderly” (孤独は高齢者だけの問題ではない)という記事が掲載されています。今年の1月、英国に「孤独担当大臣」(Minister for Loneliness)なるものが誕生したことはむささびジャーナル390号で紹介されています。The Economistの記事は初代の孤独担当大臣に就任したトレーシー・クラウチ(Tracey Crouch42才・女性)との会話をまとめたものです。この雑誌にしては珍しく記事には筆者の名前(マギー・ファーガソン Maggie Fergusson)が入っています。この人はThe Economistが出している別の雑誌のライフスタイル担当エディターを務めているようであります。
大臣に就任したての頃、クラウチが発したのは「問題のあまりの大きさに圧倒される」( I feel quite overwhelmed by the enormous scale of it)という言葉だった。そのことは統計局(Office for National Statistics: ONS)の統計を見てもわかる。英国には他の人間に一切会うことなく1週間過ごす人が約50万人おり、その半数が75才以上の人間であり自分の状態について「ひどく孤独」(chronically lonely)であると表現している。さらに英国の高齢者の5分の2が「テレビが主なるお友だち」(main company)であるとしている。推計によると英国では2040年までに75才以上の人口が現在の2倍、100万人を超える。
英国統計局(Office for National Statistics)が2016年~2017年に成人を対象に行った調査結果です。数字はパーセンテージ。最も頻繁に孤独を感じる人たちには3つのタイプがある。「独居高齢者で健康に問題がある人」、「未婚の中年で健康に問題がある人」、そして「若い世代の間借り生活者で隣近所に馴染めないと感じている人」だそうです。
孤独を感じるのは高齢者に限ったことではない。チャイルドラインというNPOによると、6才の子供が「寂しさ」を訴えて電話をしてくるケースもある。若者が孤独を感じる最大の原因はソシアル・メディアなのだそうです。SNSを通じて知り合った「友だち」(virtual friends)と自分を比較して、自分は劣っている(do not measure up)と感じて落ち込んでしまうのだそうです。
今年の5月、ある刑務所で72才になる受刑者が死んだ。25年間におよぶ刑務所暮らしの末だった。彼は12人もの若い男性を殺害して死体を切り刻んで床下に埋めたりするという凶悪犯だったのですが、刑務所にいるときには「絶対に釈放はしないでくれ」というのが口癖だったのだそうです。この人物は子供のころから母親の手におえない乱暴者だったらしいのですが、生前の彼と文通を続け、現在は伝記を書いているという人物が彼から受け取った手紙によると「孤独は自分にとって長くて耐えがたい苦痛」(Loneliness is a long, unbearable pain)だったとして、次のように書き記している。
自分の生涯において、大切なことを成し遂げたということはないし、誰かを助けたということもない。毎日、多くの人びとと接しているのに自分の中では全くの独りだった。
I felt that I had achieved nothing of importance or of help to anyone in my entire life…I was in daily contact with so many people but quite alone in myself.
そのような孤独に耐えかねて、若い男を自宅に呼んで食事を一緒にしてベッドをもともにするなかで一人一人殺害していった。そして死体を自分の横に置いてリビングルームでテレビを見たり、酒を飲んだりしていたとのことで、彼自身の言葉を借りるならばまさに「仲間欲しさの殺人」(killing for company)だった。
クラウチ孤独担当大臣によると、「孤独担当」という彼女のポストには日本、ノルウェー、スウェーデンのような国から問い合わせが相次いでいるのだそうで、孤独が今やグローバルな問題であることが明らかになっているとのこと。ただどの国でも「孤独」を語ることがタブーのように扱われることが多いので、孤独人間の存在を突き止めることがタイヘンなのだそうです。特に若者の場合、成長の過渡期にあるので捉えにくいし、パートナーとの人間関係がうまくいかなくて孤独に陥るというのを突き止めるのが難しい。彼らは「独り」ではないということが多く、孤独に見えない。
高齢者の場合は孤独者を発見するのは比較的容易なのですが、彼らの問題点は誰も自分のことなど気にかけてくれないと思い込むことが多いということ。89才になるフローラという女性の希望は、自分についての本を出版することで、タイトルまで決まっている。”Nobody’s Priority” というのですが、日本語にすると「誰にとってもどうでもいい自分」というような意味になる。彼女が最も恐れているのは、自分が倒れても誰にも気づかれず、そのまま死んでしまうということ。
夜中に目を覚ますことがある。誰も話し相手はいない。仕方ないから両親と話をするの。死んでからもうずいぶん経つんだけどね。
I wake up in the night, but there’s nobody to call, so I talk to my parents. They’ve been dead for years.
と語ります。
フローラのような高齢者が、自分に取りついたような寂しさ(eviscerating loneliness)を克服して「居心地のいい独り身」(comfortable solitude)を楽しむなんてことが、自分の力だけで出来るのだろうか?という素朴な疑問に対してクラウチ大臣が語るのは「マインドフルネス」(mindfulness)という精神状態のことだった。ウィキペディアによると「マインドフルネス」は次のように説明されている。
実はクラウチ大臣本人が「マインドフルネス」を実践しており、「孤独省」の中にもマインドフルネスのクラスがある。大臣によると、マインドフルネスは子供のころから身に着けるべき心の状態なのだそうです。
おそらくフローラのような人びとにとっては「新しい心の在り方」を身につけるのは難しいし、彼ら・彼女らが抱える「孤独感」は政府というよりももっと草の根レベルで取り組まれるべきなのだろう。つまり孤独だの寂しさのような問題は政治家にお任せするようなものではないのではないか・・・というわけで、マギー・ファーガソンは「孤独問題の解決のカギは、私たち自身が毎日の生活の中で寂しい人(たった一人でもいい)のための空間を用意するということにあるのだろう」としたうえでW・H・オーデン(W.H Auden 1907~1973)という詩人による
We must love one another or die.
私たちは愛し合わなければならない。でないと死んでしまうのだ。
という言葉で記事を結んでいます。