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国際問題コラム「世界の鼓動」

社会的処方:薬をのむより体を動かせ

賛助会員 春海 二郎

(筆者は長年、在日イギリス大使館に勤務し、イギリス関係情報を独自に発信するサイト「むささびジャーナル」の運営をしている)

mj391-socialprestop具合の悪い人が医者へ行くと「処方箋」というのを貰いますよね。大体において服用すべき薬の話です。2月15日付のThe Economistに出ているthe rise of “social prescriptions”(社会的処方箋の広がり)という記事によると、最近の英国では、お医者さんが患者に与えるもので目立つのが薬の処方箋ではなくて「社会的処方箋」(social prescriptions)と呼ばれるものなのだそうであります。医療関係者が作っている「社会的処方ネットワーク」(Social Prescribing Network)という組織のサイトを見るとかなり詳しく解説されています。

mj391-walking (2)従来の「医療」とは違うやり方で治療しようという動きで、患者に対して(例えば)ウクレレ教室に通うことを薦めたり、水泳やウォーキングを推薦したりするわけですが、単に「~をお勧めします」というのではなくて、そのような活動をやっている地元の機関や組織に患者を委託する、つまり単なる「推薦」以上に本格的に医療行為として採用しているという意味です。特に長期的な治療を必要とするケース(例えば糖尿病)では薬よりも生活習慣(lifestyle)を変えることが要求されるものが多く、そんな場合に「社会的処方」が生きてくる。この種の「処方」の広がりが、NHS(国民健康保健サービス)への財政負担をも減らすことに繋がるかもしれないとさえ言われている。

医者が与える社会的処方の中でも最もよくあるケースの一つが「もっと体を動かす」(more exercise)ことですが、ヨークシャーでは開業医(GP)が指定レジャーセンターのようなところに患者を委託すると1対1で体力増強トレーニングをしてくれる。20回やって33ポンドだから、NHSにとってもそれほどの負担ではないのではないかということです。

mj391-artslogo精神病治療の分野でも「社会的処方」が活用されている。ケンブリッジシャーやコーンウォールで採用され ているのが絵画や彫刻のような芸術活動で、地方自治体からの資金援助で運営されているサービスもあ る。12週間も通って絵を描いたり、彫刻したりして過ごすと、「患者」もストレスから解放されてハッピーな気分になる。ケンブリッジシャーで芸術活動を通じた精神衛生の向上に取り組んでいるArts and Mindsというチャリティ組織のサイトを見ると、設立趣旨として「前向きな精神状態を保つために芸術活動が果たす役割を明らかにする」と書いてある。

スコットランドなどでは、孤独解消のためのボランティア活動への参加も「処方」されている。またリバプールのWellbeing Enterprisesという組織は開業医からの依頼に基づいて「患者」にウクレレやタンゴ・ダンス、コーラスなどを教える教室を開いたりしている。活動資金はNHSや地元自治体からの援助、宝くじ主宰者からの資金提供によって賄っているのですが、従来の治療に比べるとコストは10分の1程度で済んでいる。

mj391-socialpres1ロンドンでは現在のカーン市長の方針で、50を超える社会的処方グループが活動しているなど、この「処方箋」が拡大しているけれど、The Economistの記事によると、治療費の削減もさることながら、これらの団体の存在によって医者にかかるストレス低減にも役立っている。この種の活動が始まってから開業医に通う患者の数が28%も減っており、緊急治療室に送られてくる患者数も24%減っている。それらがNHS関連の支出削減に果たす役割は計り知れないものがある。

社会的処方がもたらす利益が数値化されて示されるならば、NHSの関係者もまた踊って歌っての大喜びということになるはずだ。
If such benefits were reproduced at scale, NHS bosses would be dancing and singing, too.

とThe Economistの記事は言っております。

2018年2月19日 up date

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