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賛助会員 春海 二郎
(筆者は長年、在日イギリス大使館に勤務し、イギリス関係情報を独自に発信するサイト「むささびジャーナル」の運営をしている)
トランプがイスラエルの首都をエルサレムと認め、アメリカ大使館を現在のテルアビブからエルサレムへ移転すると発表したことについて、英国のメイ首相は「中東和平の助けにはならない」(unhelpful to prospects for peace in the region)とコメントしています。12月7日付のThe Economistがこの問題を社説で取り上げて「トランプがエルサレムにアメリカ大使館を置きたいのであれば二つ置くべきだ」(he should open two embassies in the holy city, not one)と言っている。
トランプは今回の決定について「大使館をエルサレムに移転した後もイスラエル人とパレスチナ人の和平を求めるアメリカの姿勢に変わりはない」と言いながら、エルサレムを首都として認めるのは、「イスラエルの民主主義に敬意を払い」(honouring Israel’s democracy)、「現実を認める」(acknowledging reality)と言っているだけだと主張している。この場合の「現実」というのは、エルサレムは民主主義の国であるイスラエルの政府が首都としている都市であるという「現実」のことです。トランプとしては、大使館をエルサレムに移転した後もイスラエル人とパレスチナ人の和平を求める姿勢に変わりはないとしている。
現在エルサレムに大使館を置いている国はない。つまりイスラエルが首都であるとしているのに、それが世界のどの国にも認められていないということなのですが、それには歴史的な事情がある。1947年に国連がパレスチナ(当時は英国の統治下)を分割(partition)してユダヤ人とパレスチナ人の二つの国家を建設し、聖地エルサレムは国際管理下の都市(international city)とすることを投票で決めた。
その後、イスラエルとヨルダンの間で戦争が起こり、エルサレムは二つに分断され、さらに1967年の戦争でイスラエルが東エルサレムを自国の領土としてしまった。そこではアラブ系の住民は「特別な地位」(special status)を与えられたけれど、あらゆる意味で二級市民扱いされることになった。エルサレムはユダヤ人にとっての「永遠にして分断されることのない首都」(eternal and undivided capital)となったわけです。
そして1993年のオスロ合意によってパレスチナ自治政府(autonomous Palestinian Authority)の存在が認められるのですが、エルサレムはイスラエルとパレスチナの間における永遠の和平が達成された暁に解決されるべき「最後の地位上の課題」(final status issues)と位置付けられた。要するにオスロ合意の時点でもエルサレムは「国際管理下の都市」であったわけです。
大使館をエルサレムに移転するという考えを示したのはトランプが最初ではない。アメリカ議会は何度もそれを要求しているし、大統領もまた選挙中にはそれを約束しながら、いざ就任してしまうとそれを先延ばしにするということが続いてきた。今回の決定についてトランプは「アメリカおよびイスラエルとパレスチナの和平の両方にとって最善の策となる」(the best interests of the United States of America and the pursuit of peace between Israel and the Palestinians)と言っているのですが、The Economistの社説は単純明快に
どちらの役にも立たない。
It will help neither.
と切り捨てています。
まずトランプは、イスラエルとパレスチナの和平のあるべき姿を勝手に決めつけてそれを追求しようとしている。イスラエルには「首都エルサレムを公認する」という褒美をあげておきながらイスラエル側からは何も引き出していないし、パレスチナ側が主張する国家主権には何も触れていない。これでは両者の和平交渉にトランプが影響を与える余地は全くない。あまりにもフェアでないから。
次にトランプは、自分たちの希望を「暴力ではなくて話し合いで達成することができる」としているアッバス大統領らのパレスチナ側のハト派が持っているパレスチナ人の間の信用を台無しにしてしまった。「だから話し合いなんて成り立たないのだ」という武闘派の考え方に力を与えてしまったということ。
さらにトランプはアラブ諸国の中でもどちらかというとアメリカ寄りの同盟諸国に恥をかかせてしまった。サウジアラビアのような国は、イスラエルを快く思ってはいないにしても、中東におけるイランの勢力拡張を何よりも嫌がっており、それを阻止するためにはイスラエルとさえも「事実上の同盟国」となる可能性さえあった。なのにトランプのこの決定によってそれも出来なくなってしまった。
The Economistがさらに指摘するのは、エルサレムはこれまでにも「首都のような扱い」受けてきているという事実です。イスラエルを訪問する外国からの外交官や政治家がエルサレムでイスラエル政府の代表と会談することは頻繁に行われてきた。今さらトランプが「公式に」認めてもさしたる違いはない。「何故わざわざそんなことをするのか?」(Why did Mr Trump bother?)というわけです。
The Economistの社説によると、トランプがあえて無意味な行動にでたことは、アメリカの中東政策とは何の関係もない。あくまでも国内の政治的な理由が背景にある。ワシントンの議会や司法機関に対して自分が選挙中の「公約」を実施する人間であることを見せつけるということがある。さらにトランプ支持者にはアラブ嫌いとイスラエル好きが多いということもある。
The Economistが主張するのは、トランプはエルサレムの問題などに触れるべきではないということで、それはイスラエルとパレスチナの和平合意が成される際の「王冠」(crown)として最後までとっておくべきなのである、と。トランプがどうしても画期的なことをやりたいというのであれば、エルサレムにアメリカ大使館を二つ開設することであるということ。一つはイスラエルとの外交関係、もう一つはパレスチナ国家との関係を扱うということであり
二つの国家と国民のために二つの大使館を作る。それこそが本当の新しいアイデアというものだ。
Two embassies for two states for two peoples: that would be truly fresh thinking.
とThe Economistは言っています。