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国際問題コラム「世界の鼓動」

「左翼」労働党、大健闘の理由

賛助会員 春海 二郎

(筆者は長年、在日イギリス大使館に勤務し、イギリス関係情報を独自に発信するサイト「むささびジャーナル」の運営をしている)

mj373-corbyntop6月8日に行われた英国の選挙で、メイ党首率いる保守党が議席数を減らし、過半数を維持できなかったということが日本のメディアでも大いに話題になっています。もともと「選挙はやらない」と言っていたメイさんが、EUとの離脱交渉における自身の立場を強化するために打って出た選挙だったので、選挙をやること自体が意外なことと受け取られていた。で、選挙運動に入った当座はメイ保守党の圧勝と予想されていたのが、過半数割れという、これも意外な結果に終わってしまった。

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というわけで、今回の選挙については、もっぱら保守党の伸び悩みとメイ首相の失敗が話題の中心になっているけれど、忘れてはいけないと思うのが労働党の健闘です。前回(2015年)の選挙と比較すると

獲得票数:935万→1290万
獲得議席数:232議席→262議席

というぐあいです。議席数が前回比30議席増というのは、保守党が13議席も減らしてしまったことに比べれば確かに大健闘ではある。The Economistによると、この選挙を通じて「コービン党首は英国の左翼に革命を起こした」(Mr Corbyn has revolutionised the British left)とのこと。そして

ブレア時代は6月8日をもって完全に終わったのだ
The Blair era truly ended on June 8th

とも言っている。この言葉の持つ意味は大きい。過去約40年の英国政治を振り返ってみると、1979年から1997年までの約20年間、サッチャーとメージャーの保守党政権が続いて、その後の13年間、トニー・ブレアとゴードン・ブラウンの労働党政権がつづき、2010年からこれまでは再び労働党は野党の立場にあった。ブレアとブラウンの労働党政権は「新労働党」(New Labour)を自称する労働党右派の政権だった。産業の国営化、世界の反植民地運動を支持などのいわゆる「左派路線」を捨てて市場経済を重視し、外交面でもアメリカとの同盟強化などの路線を採用した。「80年代の半ば以後の労働党は政権を勝ち取るためには中道寄りになるしかないと考えてきた」ということです。

mj373-blaircorbyn圧倒的多数の労働党議員がブレア路線を信じている中で、2015年の選挙における大敗の責任をとってエド・ミリバンドが党首を辞任、代わって党首選挙で党員の圧倒的支持を受けて登場したのが66才(当時)、議員歴32年のジェレミー・コービンだった。ただNew Labour路線にこだわる議員たちにとっては「反戦・反市場主義」などの左派路線にこだわるジェレミー・コービンは「頭痛のタネ」(irritant)のエキセントリック人間としか映らなかった。昨年、労働党議員の間でコービン党首を引きずりおろそうという動きがあり、4分の3の議員がこれに同調したと言われている。が、この動きは党を支える組合関係者らの反対でぽしゃってしまった。

この選挙でコービン党首のもとにおける労働党の健闘が示したのは

労働党は無理に中道寄りになるのではなく、自らが「本当に」信じていることに依って立つことによって勝つことができる。
the Labour Party can do well by standing for what it “really” believes in, rather than cleaving to the centre.

ということである、とThe Economistは言っている。コービンの前のミリバンド党首は、いつも自分の至らなさについて謝っているかのような印象を与えていたのだそうです。

今回の選挙でコービン党首は右寄りの大衆紙によって叩かれまくったけれど、コービンは全く恐れる様子を見せていなかった。大衆紙が責めたてたコービンの「過去」の一つにアイルランドのテロ集団とされたIRAとのつながりがある。The Economistによると、大衆紙の情報には本当の部分もあったにはちがいないけれど、多くの有権者(特に若者)はそんなこと全く意に介さなかった。メディア戦略に長け、イメージを大事にしたブレアの労働党の時代は終わった(The Blair era truly ended)ということです。

選挙直前の大衆紙:左はDaily Mail、右はThe Sun。両方ともコービン党首と労働党幹部がテロリストと関係があるということで、「労働党にだけは投票しないで」と訴えている。両方の発行部数を合わせると300万部以上にもなる。その新聞がこのような形で反コービンを訴えたけれど、結果的には労働党の獲得票数は前回に比べて300万もの増加を記録している。そうなると、英国における大衆紙の影響力も実際には大したことないということ?

選挙直前の大衆紙:左はDaily Mail、右はThe Sun。両方ともコービン党首と労働党幹部がテロリストと関係があるということで、「労働党にだけは投票しないで」と訴えている。両方の発行部数を合わせると300万部以上にもなる。その新聞がこのような形で反コービンを訴えたけれど、結果的には労働党の獲得票数は前回に比べて300万もの増加を記録している。そうなると、英国における大衆紙の影響力も実際には大したことないということ?

もちろん、コービン党首も労働党もこれから様々な政治的な困難に直面するし、時には他党との連携や妥協も必要になる。さらに労働党内には、コービン党首に対する批判勢力もおり、今回の選挙もコービンが良かったというよりも、メイの選挙戦略が稚拙すぎたのであって、「コービン以外のリーダーだったら政権を奪取できていた」という声もある。それにしても

コービンは選挙に勝つことはできなかったかもしれないが、保守党の党首と違って、彼には勝者としてのオーラがある。
He may not have won the election but, unlike the leader of the Conservative Party, he now has the aura of a winner.

とThe Economistは言っている。

2017年6月11日 up date

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