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国際問題コラム「世界の鼓動」

北朝鮮核危機をめぐるグレート・チキンゲーム (上)

トランプ大統領のディール戦術に追い込まれた習近平主席

中国が朝鮮半島の非核化にようやく本気になって取り組み始めていることをみてきたが、トランプ大統領の巧みなディール戦術で、習近平主席が米国と協力して北朝鮮と交渉せざるを得ない状況に追い込まれていることも見逃せない。
トランプ大統領は不動産業で鍛えたディール(取引)を対中外交においても矢継ぎ早に繰り出す。選挙戦期間中、貿易不均衡を是正するために中国製品に対し、45%の輸入関税をかけるとか、中国を為替操作国に認定する中国に対する過激な発言が相次いだ。南シナ海での人工島造成による軍事基地づくりに対しても非難しているが、中国に対する圧力の極め付きは大統領就任前の昨年12月2日、台湾の蔡英文総統からの大統領選勝利のお祝いの電話を受け、12分間、対話したことだった。
米国が1979年、台湾と国交を断絶して以来、37年ぶりに実現した米台首脳電話会談に中国は意表を突かれた。しかも、トランプ大統領は「一つの中国政策には縛られない」「一つの中国政策は交渉しだい」などと「核心的利益」としてきた中国の大原則を否定、「台湾は何十億㌦もの兵器を買ってくれているのに、当選のお祝いの電話を受けるのが問題になるなんて、面白いな」と開き直った。
これが日本の総理の発言だったら、国を挙げての大騒ぎになるところだが、中国はじっと耐えた。秋に5年に1度の共産党大会を控えている大事な時に、中国にとって絶対に譲れない基本路線「1つの中国」政策を否定されたと騒ぐのはまずいと習近平主席は判断したのだろう。
中国は外交ルートを通じ懸命にトランプ大統領の発言を修正するよう働きかけた。ホワイトハウスはティラーソン国務長官らが動き、ようやくトランプ大統領は折れたという内幕をメディアに流したが、演技だろう。大統領は2月8日、習近平主席に新年の祝賀のメッセージを送り、翌2月9日(日本時間10日)、初の米中首脳電話会談が実現、その場で、一つの中国政策を尊重すると伝えた。中国は、この間、2カ月以上じりじりと待たされている。
トランプ大統領のディール戦略の巧みなところは、予想外の厳しい要求を持ち出し、しばらく待たせてから、要求水準を引き下げるか、要求そのものを引っ込めるので、相手になにか、フェーバーを与えてもらったような、あるいは、得をしたような気にさせることだろう。ふたを開けてみれば、スタート時点に戻っているのに、である。
(注) 蔡英文総統は2回目の電話会談を求めているが、トランプ大統領は応じていない。北朝鮮の説得に当たってくれている習近平主席に配慮しているだろう、蔡総統は台湾関係法に準じてF35 ステルス戦闘機の購入を働きかけている。
トランプ大統領は、貿易赤字は雇用の喪失を招くため損失・負け、黒字は利益・勝ちという“経済学”の持ち主で、米国の貿易赤字の半分を占める中国との貿易赤字を攻撃する。大統領選挙期間中に飛び出したのが、中国を為替操作国と認定する、45%の対中輸入関税をかけるなどというアイデアだ。

45%の対中輸入関税は中国のGDPを4.82%引き下げる

4月6~7日のフロリダでの習近平国家主席との初の会談では、中国との巨大な貿易赤字を受け入れるわけにはいかないと圧力をかけながら、北朝鮮問題での協力を迫り、中国の協力を得られなければ、米国は単独で武力介入すると迫った。
米国が45%の対中輸入関税を課したら、中国の対米輸出は87%、4200億㌦激減、GDPは4.82%押し下げられるという試算がある(大和キャピタル・マーケッツ香港頼志文チーフエコノミスト)。6.5%の目標を達成するはずの成長率は1.7%に下がり、デフレに見舞われ、人民元は急落する。2015年末の米国の中国への対外直接投資残高は2兆8420億㌦。15%引き上げられたら、4260億㌦の資本流出となり、GDPの4%、外貨準備の13%(2月末現在の3兆㌦だと14%)を失う。IMFが安全な外貨準備水準は2兆8000億㌦と推計しているが、たちまち、その水準を割り込む。中国が報復して対米輸入関税率を同じ水準に引き上げたところで、対米輸出は対米輸入の4倍あるため、単純化すれば中国が受ける打撃の方が4倍大きくなる。
米通商代表部(USTR)が3月1日米議会に提出した「大統領の2017年通商政策」報告書は「WTOの紛争解決手続きに、そのまま従うことはない」と強調している。「WTOのルールは中国に有利につくられている」というトランプ大統領の主張を反映した内容になっており、中国がWTO(世界貿易機構)に提訴したところで、問題が解決する情勢にはない。
USTRが報告書を提出した同じ日に、トランプ大統領は2つの大統領令に署名した。1つは人為的に安値で世界に大量輸出している実態をUSTR、商務省、財務省など政府の関係部門に追跡調査する権限を与えるもので、中国の国有企業が鋼材やアルミニウムなどを安値輸出しているのを念頭に置いている。もう1つは、不公平な貿易協定や貿易相手国の不正行為などを90日以内に調査する権限を与えるもので、これも中国を念頭に置いたものだ。

ディナーの席上、不意打ち デザートを前にシリアへのミサイル攻撃明かす

さて、話はトランプ大統領の別荘に戻る。6日午後6時半から始まった習近平主席夫妻らとの夕食会が終わり、デザートとコーヒーの時間に差し掛かった8時30分過ぎ、トランプ大統領は2時間前の6時40分ごろ、地中海東部に展開していた駆逐艦からシリアを巡航ミサイルで攻撃したことを伝えた。一瞬、習主席は10秒間くらい黙り込み、通訳を通じ「もう一度言ってくれないか」と伝えたという。
時計を戻す。シリアのアサド政権が3日(現地時間4日)、北部への空爆で化学兵器(サリン)を使用したことが伝えられた。4日朝、トランプ大統領は写真などで子供を含むシリア国民が化学兵器攻撃された説明を受け、なお徹底調査を命じた。5日朝,国家安全保障会議(NSC)が招集され、巡航ミサイルによる攻撃が検討された。6日1時30分、フロリダに向かう大統領専用機内でNSCを開催、別荘に到着、4時からマティス国防長官らと会議、6時40分攻撃命令が出された。トランプ大統領は6時30分からの習近平主席と会食に入った。
8時50分ごろ別荘を離れた習近平主席にとって、寝耳に水のシリアへの攻撃の話は、さぞかしショックだったに違いない。和やかな夕食会の終わりに不意打ちの一撃をくらったのだから。
しかも、貿易不均衡への抜本的な対応が求められ、北朝鮮への制裁強化と対話を始めなければならない状況に追い込まれた。トランプ大統領は得意のディールで習近平主席に思う存分揺さぶりをかけることができたと満足していたと思われる。

(次回に続く)

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2017年5月2日 up date

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