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国際問題コラム「世界の鼓動」

トランプ現象とヨーロッパ

賛助会員 春海 二郎

(筆者は長年、在日イギリス大使館に勤務し、イギリス関係情報を独自に発信するサイト「むささびジャーナル」の運営をしている)

1月20日付のドイツの週刊誌、シュピーゲルのサイトにアン・アップルバウム(Anne Applebaum)という作家・歴史家(女性)とのインタビューが掲載されている。1964年アメリカ生まれ(53才)なのですが、ポーランドに帰化、現在はワルシャワに暮らしている。主に東欧・ロシアなどに関連する記事を英米の新聞や雑誌に寄稿、2004年にはソ連時代の強制労働収容所に関する “Gulag” という本でピュリッツァー賞も獲得しています。シュピーゲル誌とのインタビュー(記事のタイトルは ‘Protest Is Insufficient’) では、トランプ政権の誕生がヨーロッパに与える影響について語っています。むささびの独断で、興味深いと思われる部分を抜書きしてみます。

トランプはこれまでの主流メディアを信頼せず、ツイッターを利用して新たな公共空間を作り出している。アップルバウムは、このやり方は民主主義を脅かすと考えるか?

ツイッター政治の本質
Applebaum:今の世の中、人間はそれぞれバラバラに異なった現実、別々の現実の中で生きており、ニュースもFacebookを通じて知る。みんながそれぞれに異なった「事実」を信ずるようになっている。トランプはそのような環境下でうまくやっていく術を身に着けた人物であるということだ。彼は決して「すべてのアメリカ国民」(all the American people)に語りかけることがない。「団結」(unity)を想起させるような言葉も使わないし、相手に媚びることもしないし、説得を試みることもない。ただ自分を支持する人びとに礼を言い、それ以外の人間は負け犬呼ばわりするだけなのだ。

トランプは「すべてのアメリカ国民」を相手にはしていない・・・ここがトランプ政治・ツイッター政治のポイントなのかもしれないですね。自分の言うことに耳を傾ける人だけを相手にする、と。トランプが障害者の記者をからかうようなしぐさをして顰蹙をかったことがありますよね。証拠のビデオがあるにもかかわらず、トランプは「自分はそんなことはしていない」と言い張り、それを押し通してしまった。支持者の多くが「そんなビデオ見たくもない」という態度だった。要するにトランプ信者がとてつもない数にのぼっており、無理が通れば道理が引っ込むという状況が生み出されたということですね。アップルバウムがこれまで生きてきたような主流メディアの世界とは大いに異質であり、ジャーナリストたちもどうすればいいのかよく分からないということなのでしょうね。

そのトランプ信者の中核を占めていたのが「忘れられた人びと」(forgotten people)だった。

トランプを支持した「労働者階級」とは?
トランプが特に労働者階級の支持を得ることに成功したことは事実だが、最貧困層のアメリカ人が支持したのはクリントンだった。そしてトランプ支持者の中には、かなりの富裕層もいたのだ。つまりトランプ現象を「経済」で説明することはできないということだ。2008年の金融危機以後のアメリカ経済は相当な復調を見せてきたし、失業率も低く、経済状況は決して悪くはない。私の見るところによると、彼がいわゆる労働者階級に受けたについては文化的な背景がある。トランプが彼らに語った言葉は、「皆さんの両親が働いていたような職場や仕事を取り戻してみせますよ」(I’ll bring back the kinds of jobs your fathers had)というものだった。そのように言うことで、トランプが意味したのは「第二次大戦直後のアメリカ、白人が主流の分かりやすい世界、アメリカにとって経済競争の相手などが存在していなかった時代のアメリカを取り戻す」ということだった。

最貧困層はトランプを支持していたわけではなかったという部分、経済現象でトランプ現象を説明することはできないという部分が興味深い。さらにトランプが訴えた「偉大なアメリカの復活」(Make America great again)という言葉における「偉大なアメリカ」とは、戦争直後の「アメリカ独り勝ち時代」のことだという指摘も鋭い。

 

むささびがさらに興味深いと思ったのは、アップルバウムが、ヨーロッパにおける右翼の台頭(BREXITも含む)とアメリカにおけるトランプ現象には共通点があると指摘している点です。

ノスタルジック・トランプ?
アメリカでトランプがなぜ受けたのか?それはノスタルジアなのだ。「偉大なるアメリカの復活だ」(Make America great again)とトランプが叫ぶとき彼なりの「真のアメリカ」(a “real” America)を頭に描いている。それはグローバル化、移民流入、女性解放運動、市民権運動、それに様々な技術革新などが起こる以前のアメリカ、1950年代のアメリカに戻ろうというわけだ。同じことがヨーロッパで受けている右翼たちにも言えるのだ。但し彼らの言う「1950年代」は自分のアタマで想像する時代(an imaginary 1950s)にすぎない。トランプもフランスのル・ペンもBREXIT支持者たちも、結局同じようなことを言っているのだ。

確かにトランプもBREXITも年寄に受けている部分はある。むささびと同年代の日本人なら『パパは何でも知っている』、『ローハイド』、『名犬ラッシー』のようなテレビドラマを喜んで見ていた時代を思い出しますよね。登場人物は圧倒的に「白人」、舞台は「郊外」または「田舎」だった。

アップルバウムの指摘についてシュピーゲルの記者が「でもどうやってそのノスタルジアと戦おうというのですか?」(How can you argue against this nostalgia?)と質問します。それに対するアップルバウムの答えは次のようなものだった。

反ノスタルジア戦線?
Applebaum: (世の中の現状について)「何も問題はありません」(everything is fine)というような決まり文句を繰り返しても何もならない。(ノスタルジアとの戦いは)若い世代を対象に、いまの時代の良い点を強調しながら未来についても想像力に富んだアピールを繰り返して訴えることによって行われる。いまのヨーロッパにはそのようなことを始めている政治家がいる。フランスのエマニュエル・マクロン(Emmanuel Macron)、スペイン市民党(Ciudadanos)、ポーランドのリベラル政党(Nowoczesna)などだ。いずれも従来の右翼・左翼とは異なるリベラリズムに新しい息吹を与えるものだ。

ヨーロッパがこれまでに作り上げてきたものを若い世代に受け継ぐための努力を呼びかけるものですが、メディア報道を見ていると、ヨーロッパにおける右翼勢力の台頭ばかりが取り上げられて、悲観的な見方ばかりが伝えられるけれど、アップルバウムの視点は、単なる第三者のそれではなく、自身がポーランドという社会(右翼が台頭している)に身を置いている人間としての立場を忘れていない点がユニークであると(むささびは)思っているわけです。

トランプ現象、BREXIT、ヨーロッパ右翼の台頭など、これまで民主主義国家とされてきた国において政治に対する「怒り」の爆発現象が見られる。その一方でロシアや中国、トルコのような独裁的な国家が幅を利かせている部分もある。これらを見ていくと民主主義という政治モデルそのものが失敗しているようにも思えてくる。民主主義は結局うまくいかないものなのか?(Is democracy a failing model?)という疑問について、アップルバウムは、人びとの政治参加が大切ではあるけれど、街頭デモだけでは不十分である(Protest is insufficient)と言います。

街頭デモだけでは変わらない
Applebaum: 街頭に出て何かの抗議デモを行う時間とその気のある人びとが、地方の町の選挙で候補者を応援したり、自分自身で議員に立候補したりすれば得られるものは街頭デモなどよりはるかに大きなものがあると思う。トランプ現象やBREXITのような危機的な現象によって、人びとが政治にかかわることが増えるとすれば、民主主義を活性化させるチャンスは(わずかとはいえ)残っていると思う。さもないと、民主主義そのものが失敗に終わることになるだろう。

2017年2月6日 up date

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