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国際問題コラム「世界の鼓動」

EU離脱と分断・英国

賛助会員 春海 二郎

(筆者は長年、在日イギリス大使館に勤務し、イギリス関係情報を独自に発信するサイト「むささびジャーナル」の運営をしている)

早いもので、英国のEU離脱を決めた国民投票(6月23日)から3か月が過ぎようとしています。実際の離脱までには時間がかかるし、離脱の影響も現在のところは、はっきりと表れているわけではないのですが、貧困や格差問題を研究、政策提言などを行っているジョゼフ・ロンツリー財団(Joseph Rowntree Foundation:JRF)のサイトに掲載された「EU離脱投票を説明する」(Brexit vote explained)というエッセイを読むと、英国という社会が、英国人が思っていた以上に分断された場であるということが、あの国民投票によって明らかになったことが分かる。EUから離れることより、そちらの方がショックだったのではないかと(むささびは)思うのですよね。

前回のむささびジャーナルで紹介したように、ティリーザ・メイ首相がグラマースクールの復活で「社会的一体感」(social cohesion)を取り戻そうとしている。一部の恵まれた世界の子供たちが通う私立校ではなく、(理屈の上では)しっかり勉強さえすれば誰でも行ける公立の秀才学校を増やすことで社会的な分断を解消しようというわけです。でも今の英国で「しっかり勉強できる」環境にあるのは、結局のところ恵まれた家庭の子供たちということになるのでは?ということで、彼女の掲げる目標は現代の英国にとってはかなり高いハードルであることは受け入れざるを得ない。それほど「分断」が深いということです。まず下のグラフを見てください。

このグラフは、あの国民投票が行われる約1か月前に、約3万1000人の有権者を対象にEU離脱に関する意見調査を行った結果をグラフ化したものです。つまり約1か月後に迫った国民投票では離脱・残留のどちらに投票するつもりかということを質問した結果ということです。結果としてどちらに投票したかというのではなく、「意識」としてどちらに傾くのかを調査したことになるのだから、英国人の社会意識をより正確に反映しているともいえる。

上から2つごとにいろいろな階層の英国人をグループ化して説明している。例えば最初の2列は年間所得が「2万ポンド以下」という低所得者層と「6万ポンド以上」という層を比較しているのですが、年収2万ポンド以下の人の58%が「離脱」に傾いている一方で、6万ポンド以上の年収で離脱を支持したのは35%にとどまっている。つまり経済的に恵まれた層の人ほど離脱には反対であったということです。

同じような現象が他の部分でも見られます。「手仕事・肉体労働者」と「専門的職業人」、「中卒」と「大学院卒」、「フルタイム労働者」と「定期収入なし」・・・どれを見ても社会的に恵まれているとは言えない層の人びとが「離脱」を支持している。例外と言えるのは「非白人」が離脱には否定的であるのに対して「白人イングランド人」はこれを支持していたということですが、この場合の「白人イングランド人」が「プア・ホワイト」を指すことは明らかで、ミドルクラスの白人に比べるとヨーロッパ大陸に対する距離感が大きい。定年退職後に大陸で暮らそうなどと考えるのは大体においてミドルクラスの人たちです。


さらに興味深いのは、社会問題についての「意識」のようなものを基準にした調査です。上のグラフはちょっと分かりにくいけれど、一番上の例が示しているのは「死刑復活」を望む人の8割近くがEU離脱に賛成なのに、EUに対して好意的なのは2割だけ。同じように「犯罪者には厳罰主義で当たれ」と主張する人の多くが離脱に賛成している。「男女平等」とか「ゲイの権利」ということになると「離脱反対」の傾向がはっきりしている。要するにどちらかというと考え方が「保守的」な人は離脱を支持し、リベラルな人ほど残留を望む傾向がはっきりしているということです。このグラフと前のグラフを対比してみると、低学歴・低収入の人ほど保守的で「反EU」という感覚の持ち主であることが多いことが見えてくる。

次に上のグラフを見ると、メイ首相のいわゆる「社会的分断」が、年齢・学歴・所得などだけではなく、地域間にも存在していることが分かる。スコットランドと北アイルランドが「残留」、ウェールズが「離脱」であることは以前にも紹介したけれど、このグラフで注目して欲しいのはロンドンを含むイングランドにおける投票結果です。ロンドンの次にある3つの地域は、いずれも工業地帯が含まれているエリアです。過去30~40年間の英国で着々と進んできた経済の脱工業化やグローバル化の恩恵をずばり受けているロンドン周辺とそれ以外の地域では人びとの意識がまるで違うことが分かります。

ジョゼフ・ロンツリー財団ではこの分析結果について、次の3点に注目することを呼びかけています。

・経済が脱工業化しグローバル化が進む中で、そのような趨勢についていけない(と感じている)人びとが世の中の「大多数」とされる考え方に反発した。英国社会に現存する不平等はますます強くなっており、分断は当分続く可能性が高い。

・所得の格差や物資的貧困もさることながら、英国社会にとって最も深刻なのは教育格差である。義務教育修了程度の学歴しかない層と大学卒者との間の「教育レベル」(educational attainment)の格差こそが社会的な機会均等を妨げる要因であり、どの政府も最重要課題として取り組まなければならない。

・イングランドにおける地域格差は歴然としている。グローバル化に乗り遅れた経済を抱える北イングランドで暮らす人びとは、「二重の苦難」(double whammy)を余儀なくされる。個人レベルにおける教育程度や技術力の差によって英国全体から置いてきぼりを食っている一方で、その人たちが暮らす地域の社会・経済構造そのものも後れを取っているから、そこで暮らしていく以上、なかなか世の中に追いついていけない。

この調査結果について、ジョゼフ・ロンツリー財団のジュリア・アンウィン(Julia Unwin)理事長は、Prospectに寄稿したエッセイの中で

Brexitの年に生まれた子供たちが、なぜ自分たちより前の世代の人間たちがこのような投票をしたのかを振り返ることになる。そうなると、なぜ当時の体制(establishment)がこれほど多くの英国民を置き去りにするようなことをしたのかについて説明しなければならなくなるだろう。それが大変だ。

When the Brexit children look back at why their elders voted the way they did, the fact the establishment left so many people behind for so long goes a long way to explaining it.

と言っています。

2016年9月30日 up date

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