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賛助会員 春海 二郎
(筆者は長年、在日イギリス大使館に勤務し、イギリス関係情報を独自に発信するサイト「むささびジャーナル」の運営をしている)
2月20日付のThe EconomistにEUへの加盟継続か離脱かをめぐる英国世論の動きに関連して「二都物語」(A tale of two cities)という記事出ています。イントロは
ヨーロッパをめぐる英国内の意見の分裂は、実は教育と階級に関係している
Britain’s great European divide is really about education and class
となっているのですが、イングランドの二つの町を例にとってEUに対する考え方の違いを説明しており、むささびには説得力がある読みものだったので紹介します。
ロンドンのキングス・クロス駅から電車で北へ約1時間走ると大学町のケンブリッジに到着します。そしてケンブリッジからさらに1時間ほど西北へ行くとピーターバラ(Peterborough)という町に着く。ケンブリッジは人口が約13万、ざっと5分の1が学生という、文字どおりの大学町です。一方のピーターバラは寺院の多い町ですが、人口は約19万、イングランドに約300ある地方都市としては92番目に大きな町です。ロンドンからエディンバラへ向かう鉄道にとっては主要駅の一つであることは間違いない。The EconomistのエッセイがEUとの関連で比較しているのがケンブリッジとピーターバラです。
まずケンブリッジですが、大学の構内でのビラまきや集会を見る限りにおいては圧倒的にEU残留の意見が優勢で、反EUの意見を持っている学者が講演をすると学生に野次り倒されたりすることがしょっちゅうなのだそうです。ただ親EUの感覚は大学構内から町へ出ても同じなのだそうで、ある集会で意見を集めたところ300対6という大差でEU残留の意見が上回った。また、ある政治学者の調査によるとケンブリッジという町は英国全土の632か所の町の中で「反EU度」(level of Euroscepticism)は619番目だった。極めて反EU感情の低い部類に入るわけです。
対照的なのがピーターバラで住民の67%がEU離脱を望んでいるという数字もある。これは反EU度の全国ランクで632か所中の49位にあたるのだから619位のケンブリッジとはかなり違う。
The Economistによると、二つの町とも全国平均よりも若い人が多く、仕事もホワイトカラーがほとんど、しかも2011年の国勢調査では住民の10人に一人が英国以外のEU加盟国の出身者となっている。要するに非常に似通っているということ。なのに一方は「ヨーロッパ大好き」(Europhilia)であり、もう一方は「ヨーロッパ嫌い」(Euroscepticism)となる。なぜなのか?
ケンブリッジの住民には学者や郊外にあるビジネスパークで働く研究者が多い。さらにケンブリッジ空港にはヨーロッパ大陸からのビジネスマンの訪問者が非常に多い。ピーターバラの場合は、どちらかというと新興中流階級が暮らす町という感じで、職業も小売業、サービス業が多く、中心部を歩いていてもパブ、賭け屋、ヘアサロンなどがスーパーやハンバーガーショップのような店が雑然と並んでいる。町はずれには畑があって、東ヨーロッパからやってきた季節労働者が農作物の取り入れをやっていたりする。
二つの町を別の見方で考えると、ケンブリッジの住民の二人に一人が大学出であるのに対して、ピーターバラの場合は義務教育で終わりという人が多い。The Economistによると、EUに対する感覚からすると、この違いは非常に大きい(this difference is everything)なのだそうです。ロバート・フォードという社会学者によると、英国では教育水準が高くなればなるほど考え方がヨーロッパ寄りになる。EUを離脱すべきかどうかのアンケート調査でもこの差ははっきりしている。
EUという存在に対する態度では、大学卒とそうでない人の間には歴然とした違いがある。何故なのか?The Economistの見方によると、経済のグローバル化が急速な勢いで進行している現在、英国とEUの関係もそれから自由ではあり得ない。そうした環境では、将来の生活の点でも大学卒の方が圧倒的に有利であることは間違いない。一方、義務教育しか受けることがなかった人びとは職業も限られており、国際的に活躍する大卒者を見ながら世の中に取り残されたような気分になるのもやむを得ない。
現在の英国では、他のヨーロッパ諸国と同様に「移民」が深刻な問題になっている。ケンブリッジおいて外国人というと、研究機関にやってくるドイツ人であったりスカンジナビア人であったりするけれど、ピーターバラにおける外人と言えば、郊外の畑でジャガイモ掘りをする出稼ぎリトアニア人であったりすることが多い。彼らは現在は必ずしも地元の英国の若者の職を奪うという存在ではないけれど、いずれは同じ職を争うことになるかもしれない存在であることは間違いない。最近の統計によると、移民問題について「重大な関心」(intense concern)を持っているという人は、そうでない人よりも15倍もEU離脱に賛成である可能性が高いのだそうです。つまり学歴が低い層ほど英国のEU離脱に賛成する可能性が高いということです。
The Economistによると、英国ではここ数年、大学への進学率が極めて高くなっており、EUに対して敵対心を持つ人は減っていく傾向にはある。ただ当面は、英国は二極に分裂しつつあるよう見える。一方にケンブリッジに代表されるリベラルで国際感覚も豊かなグループ、もう一方にはピーターバラの住民たちに代表されるナショナリスト的な感覚のグループというぐあいです。一方にグローバルなビハイテク・ビジネスで活躍する人材もいるけれど、もう一方にはハイテクが生み出したロボットに職を奪われてしまうような人もいるということです。そして真ん中がいなくなる。
民主主義が成り立つためには、その社会を構成している人間の間において共通の思考方法や経験のようなものが確立している必要がある。特に英国のように、中央集権的で多数がすべてを支配するというシステムをとっている社会においてはそうである。いま教育面・文化面における大きな分裂によって、この前提そのものが崩れるという危機に直面している。英国は、いずれは全体としてケンブリッジのような社会になるのであろう。が、それは何十年も先の話であり、その間は分裂と相互不信の時代が横たわっているということなのだろう。
Democracy – especially in a system as centralised and majoritarian as that of Britain – assumes some common premises and experiences, a foundation that thanks to the great educational-cultural divide is now at risk. Eventually Britain will look more like Cambridge than it does today. But until then decades of division and mutual alienation await.