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国際問題コラム「世界の鼓動」

「9・30事件」研究の新たな展開

アイディットPKI議長が毛沢東主席に語ったこと

 特にインドネシア・メディアが注目したのは、シンガポールの南洋工科大学に在籍する中国人研究者タオモ・ジョウ(Taomo Zhou)博士の発表「中国と9・30運動」である。インドネシア・中国関係は長く断交時代が続き、自由な研究者の往来がなかったこと、中国政府が9・30事件研究を制限してきたこと、そしてインドネシア側研究者で中国語文献資料を読みこなせる人は限られていることから、この事件をめぐる主要なアクターであるにもかかわらず、中国の視点、資料からアプローチした研究はこれまで少なかった。今回ジョウ氏が用いた資料は、中国外務省が2008年から2013年まで一時的に公開していた外交文書(1961-1965)なのである。2013年以後再び非公開となったことから察するに、資料の信憑性は高く、中国政府や中国と深いつながりがあったPKIの事件への関与を検討する上で、大きな意義があると思われる。

最重要ポイントは、PKIが9・30事件を仕掛け、中国首脳がPKIから計画の概要を事前に説明を受けていたのを、中国側資料から確認できたことだ。PKIアイディット議長は夫人、側近とともに北京を訪問し、9・30事件の前月8月5日に、毛沢東主席や周恩来首相と会談している。中国側公文書にその会談模様が記録されていた。シンポジムで、ジョウ氏はこの記録を読みあげた(ウェブサイトに公開されている、彼女による英訳引用箇所を、小川が和訳)。

 毛:インドネシアの右翼勢力は権力奪取の覚悟を固めているようだ。貴殿も覚悟を決めたか。

アイディット:(うなづいて)スカルノ〔当時大統領〕が死んだ時、誰が主導権を握るか、という問題だろう。

毛:貴殿は当面外遊すべきでないと忠告させていただく。外遊はナンバー2に任せてはどうか。

アイディット:右翼勢力がとりうる行動は二つだ。一つは攻撃を仕掛けてくること。もしそうならば、我々には反撃の大義名分が与えられる。もう一つは、もっと手のこんだ仕掛けで、ナサコム政府(PKI含む挙国一致内閣)を組閣するという行動だ。スカルノがいなければ、右翼は中道派を抱き込み、我々を孤立させることはたやすいかもしれない。後者のシナリオの方がやりにくいが、いずれにせよ、我々は対処しないといけない。米国はナスンティオン〔当時国軍参謀長〕に、クーデターをしないよう助言した。なぜなら、クーデターをやれば左翼がこれを利用して逆クーデターを仕掛けるかもしれないからだ。アメリカ人はナスンティオンに我慢しろ、と言っている。たとえスカルノが死んでも、彼はクーデターよりも柔軟な対応をとるだろう。彼はアメリカの提案に賛同している。

毛:それはあてにならない。今の状況は変わってしまっている。

アイディット:シナリオの第一段階として、我々は軍事評議会の設立を計画している。そのメンバーは左派系が大半だが、何人か中道派も加えておくべきだろう。こうすれば敵を混乱させることができるからだ。敵はこの軍事評議会の性格がつかめず、それゆえに右翼勢力シンパの軍司令官たちも、我々にすぐには反対できないだろう。もし我々がすぐに赤旗を立てたら、彼らもすぐに敵対行動に出るかもしれない。この軍事評議会の長は、我が党〔PKI〕の秘密党員であるが、中道であるかのように装う。この軍事評議会は長く続けるつもりはない。さもなくば味方が敵に変わるかもしれない。軍事評議会を設立したら、我々は労働者、農民をほどなく武装させる必要がある。

上記資料によれば、この会話の後、毛沢東は話題を変えて、自らの国共合作、国共内戦の経験を語り、和戦両にらみで準備を進めるべきだとアイディットに伝えたという。

インドネシア大学中国研究学科ダハナ教授は、ジョウ氏の発表について「中国側の公式文書に基づくものであるがゆえに信憑性が高く、これまでインドネシアで長く続いてきた、9・30事件への中国関与の有無という論争に終止符を打つものである」と評価した(「ジャカルタ・ポスト」紙 10/1付け)。

9・30事件研究の副産物として新しい発見だったのは、北朝鮮とインドネシアの関係だ。インドネシアは、韓国と北朝鮮それぞれと外交関係がある数少ない国の一つである。

ガトット・ウィロティクトシンポジウム二日目、9・30事件の影響で50年間インドネシアに帰国できず北朝鮮に滞在したガトット・ウィロティクト氏が登場し、国家関係に翻弄された苦難の半生を語った。(写真)

1960年に北朝鮮入りしたが、9.30事件で母国の状況が一変し、インドネシア国籍が取り消されたため、帰国できなくなってしまったのである。それから50年間、訪朝したインドネシア政府閣僚らの首脳会談通訳をつとめるなどして生き抜いてきたそうだ。

それにしても反共軍事権力であるスハルト政権が重要閣僚、軍幹部を北朝鮮に派遣し、接触を保っていた、という彼の証言(通訳として同席)は、スハルト政権の一筋縄ではいかないリアリズムを垣間見るようで、興味深かった。

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2015年10月31日 up date

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