NPO法人 アジア情報フォーラム

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国際問題コラム「世界の鼓動」

T・ピケティ:ユーロ圏はモンスターだ

賛助会員 春海 二郎

(筆者は長年、在日イギリス大使館に勤務し、イギリス関係情報を独自に発信するサイト「むささびジャーナル」の運営をしている)

ひと月ほど前のドイツの週刊誌、Spiegelのサイトにフランスの経済学者、トマ・ピケティ(Thomas Piketty)とのインタビュー記事が出ています。過去1年間、ヨーロッパの論壇はこの人のCapital in the Twenty-First Century(21世紀の資本)という本の話題でもちきりという感じです。21世紀の資本主義社会における貧富の差の拡大について沢山の資料を使って研究している書物というわけですが、経済理論に関するハナシなど出来っこないので、むささびは敬遠してきました。が、Spiegelのインタビューのタイトルが”Thomas Piketty on the Euro Zone”(トマ・ピケティ、ユーロ圏を語る)となっており、

我々はモンスターを作り上げてしまったのだ

We Have Created a Monster

というピケティの考えらしきものが主題になっているようなのが気になってしまったわけ。経済理論ではなく、ユーロという現実の問題について語っているらしいこと、さらにユーロという通貨について「モンスター」と、否定的に表現していることに興味を持ってしまったということです。インタビューはかなり長いものである上に、むささびの知識では省略のしようがないので、ほぼノーカyトで掲載するしかない。原則として英文は省きますが、英文を載せてある部分は、むささびが自分の解釈に自信が持てない部分という意味です。間違っているかもしれないので、原文も載せておこう、ということであります。悪しからず・・・。いずれにしてもここをクリックすると全文を英語で読むことができます。

 

ギリシャ危機について
SPIEGEL: 今年1月のギリシャの選挙で、アレクシス・ツィプラスが勝利を収めたとき、あなたはおおっぴらに喜びを表明したが、EUとツィプラス政権のギリシャが危機を解決する方法について合意を見る可能性はどのくらいあると思うか?
Piketty:(ギリシャ危機に際して)ヨーロッパがとった行動は「悲惨」としか言い様がない。5年前、米国とヨーロッパの失業率と公的負債は似たようなレベルだったのに、5年後の今は事情が全く違う。ヨーロッパでは失業率が爆発的に上がったのにアメリカでは下がっているのだ。ヨーロッパの経済生産高(economic output)はいまでも2007年の水準よりも低いままだ。スペインとイタリアの生産高は10%も低いし、ギリシャは25%も低いのだ。

緊縮政策の行き過ぎ

SPIEGEL:ギリシャの新政権は必ずしも素晴らしい出だしとは言えない状態だ。あなたはツィプラス首相がギリシャの経済は蘇らせることができると真面目に信じているのか?
Piketty: ギリシャだけでは何もできない。フランス、ドイツそしてブラッセル(EU)からの助けが必要だ。国際通貨基金(IMF)は3年も前に緊縮政策の行き過ぎを指摘している。それによって影響を受けた国々は自分たちの赤字を極めて短期間で減らすことを強制され、それが経済成長にひどい影響を与えてしまったのだ。我々ヨーロッパ人は自分たちの得体の知れない政治的手段(impenetrable political instruments)を使って、アメリカで始まった金融危機(financial crisis)を「借金危機」(debt crisis)に変えてしまったのだ。それがヨーロッパ全体における信用危機に発展してしまったのだ。
Piketty: Greece alone won’t be able to do anything. It has to come from France, Germany and Brussels. The International Monetary Fund (IMF) already admitted three years ago that the austerity policies had been taken too far. The fact that the affected countries were forced to reduce their deficit in much too short a time had a terrible impact on growth. We Europeans, poorly organized as we are, have used our impenetrable political instruments to turn the financial crisis, which began in the United States, into a debt crisis. This has tragically turned into a crisis of confidence across Europe.
SPIEGEL: 「得体の知れない政治的手段」とは何のことか?ヨーロッパ各国の政府はさまざまな改革を推進することで危機を回避する努力をしてきたではないか。
Piketty: 現在、我々は19カ国で共通通貨を持っている。それは事実かもしれないが、(例えば)税金制度は国よって違うし、ヨーロッパの財政政策(fiscal policy)の調和がとれたことなど一度もない。要するにうまく行くはずがないということだ。「ユーロ圏」などというものを作り出すことで我々はモンスターを作り出してしまったということなのだ。共通通貨などが存在する以前のヨーロッパでは、各国がそれぞれの経済競争力を高めるためにそれぞれの通貨の価値を下げるということをやっていたのだ。ユーロ圏などという制度の一員になったことでギリシャはそのようなやり方をすることが許されなくなってしまった。通貨の価値を下げるというやり方は、効果的な方法として十分に確立していたのだ。

ドイツもフランスも借金返済を免れた

SPIEGEL: あなたはまるでティプラス首相のようなことを言っている。彼は他人が間違っていたのだからギリシャは借金を返す必要などないと言っているのですよ。
Piketty: 私はスィリザ党(Syriza:ギリシャ政権党)の党員ではないし、同党を支持してもいない。私は単に現在我々が置かれた状況を分析しようとしているだけだ。まずはっきりしていることは、どの国であれ、経済が成長しない限り赤字は減らないということだ。さらに忘れてはならないことがある。第二次世界大戦が終わった1945年、フランスもドイツも大赤字の借金国だったけれど、両方ともその借金を完全に返済したことなどないということだ。なのにこの二カ国はギリシャを含む南ヨーロッパの国々に対して借金をゼロにしろと言っている。こういうのを「歴史健忘症」(historic amnesia)というのであり、実に悲惨な結果をもたらしているのだ。

ナショナリズムはエゴイズム

SPIEGEL: つまりギリシャ政府が何十年もの間やってきた経済政策の失敗のつけを他国が払えということか?
Piketty: 私が言いたいのは、いまやヨーロッパの若い世代のことを考えるべき時が来ているということだ。多くの若者が職を見つけられずにいるのだ。その彼らに対して「申し訳ないが、アンタらの両親や祖父母のおかげでアンタらが失業しているのだ」と言えるか?世代を超えたヨーロッパ・スタイルの集団的懲罰・・・そんなものを我々は本当に望んでいるのか?いまや私が一番情けなく思うのは、ナショナリズムに支えられた、その種のエゴイズムなのだ。
SPIEGEL: あなたはユーロ圏の国々の財政を強制的に健全化させるために導入された「安定成長協定」(Stability & Growth Pact)そのものが気に入らないと言っているのか?
Piketty: あの協定は災害としか言いようがない。将来のための財政赤字に関する規則を固定化するなどということがうまくいくはずがない。それぞれの国の経済状況の違いを考慮に入れず、どこでも自動的かつ同じようにルールを当てはめることでは借金問題を解決することはできない。

誰だって不満なのだ

SPIEGEL: ドイツ人はあの協定を守らない国に対して批判的だ。例えばフランスはお互いに合意した規則に従うということが希な国だ。
Piketty: みんな不満なのだ。いろいろな国の政府とEUの官僚機構との交渉という現在のシステムそのものが機能していないのだ。ドイツはフランスが規則を守らないと不満を言うが、フランスはEUによって強制されるさまざまな要求を快く思っていない。ヨーロッパ全体が「悪い状態」(bad situation)にあるのだから小さな構造改革程度では、多少の経済成長をもたらすかもしれないが「悪い状態」を変革するまでには至らないだろう。

若者を鍛えよう

SPIEGEL: では何をすればいいと言うのか?
Piketty: 若者たちの訓練のためにもっとお金を使うことであり、技術革新や科学研究にももっと投資することだ。それがヨーロッパの成長を促すためには最重要事項だ。世界のトップの大学の90%がアメリカに集中しており、ヨーロッパの優秀な頭脳が外国へ流出してしまうなどというのはとても正常なこととは言えない。アメリカではGDPの3%が大学に投資されている。ヨーロッパでは1%にすぎない。アメリカがヨーロッパよりも成長の速度が大きいのはそれが主な原因だ。
SPIEGEL: アメリカには一つの決まった財政政策というものがある。そこからどのような結論が導き出されるのか?
Piketty: 我々にも統一財政政策(fiscal union)とか予算の調和(harmonization of budgets)は必要だ。さらにユーロ圏の負債返却共通基金(common debt repayment fund)のようなものも必要だ。そのことはドイツ経済専門家議会も提唱している。それぞれの国は全負債額の自分たちの割合分の返済に責任を持つことは今と同じだ。つまりイタリアが作った借金をドイツが返済する必要はないし、その反対も同じこと。しかしユーロ債についての共通の利率を持つことで負債の資金繰りのために使うことはできる。

「ユーロ圏」議会を作る

SPIEGEL: しかしそれだと負債国同士の連合のようなものができてしまう危険はないのか?どの程度の負債が許されるのかを誰が決めるのか?
Piketty: 我々には負債の共同体化(communitization)が必要だが、それには民主的な合法化が欠かせない。そのために提案したいのは、ユーロ圏だけの欧州議会のようなもので、各国の国会議員から構成されるようにする。人口に応じて議員の数を決める。人口8000万のドイツが最も多い。これらの政治家たちがユーロ圏内における負債額の上限を投票で決める。
SPIEGEL: そうなると、財政赤字を嫌うドイツの議員たちが常に浪費癖のある国の議員に負けてしまうことにはならないのか?
Piketty: 私の想像によると、この種の「ユーロ圏議会」のようなものが存在していたら、節約よりも経済成長と失業対策のためにお金を使ったのではないか。そうなるとみんなのために良かったはずだ。ドイツ人は民主主義を怖れる必要はない。共通の通貨を有しているということは、お金の使い方についてもいずれは「みんなでやる」(we also spend money together)ようになるものだ。そのことは受け入れなければ。
SPIEGEL: ギリシャのような国がかつてのように不相応な生活をするようにならないという保障はあるのか?
Piketty: ギリシャはこれまで以上に厳しい財政規律を求められるだろう。負債の額はヨーロッパ議会(ユーロ圏議会)によって固定され、その議会においてギリシャの果たす役割は副次的なものになる。長い目で見ると、ヨーロッパには民主的に合法化された財政ユニオンは必要なのだ。

フランスのエリートは無能だ!

SPIEGEL: そのためのリーダーシップをフランスがとることがあると思うか?フランスは最近では国内問題で手一杯という感じだが。
Piketty: 全くそのとおりだ。大体において、我々が前へ進むことができる前向きの発想はドイツから出てくる。私は国家レベルにおけるフランスのやり方に不信感を持っているのだ。我が国のエリートたちはヨーロッパという考え方をする能力がない。政治的な姿勢の如何にかかわらず誰も同じだ。その点でドイツは違う。
SPIEGEL: それはメルケル首相への賛辞のように聞こえるが・・・。
Piketty: 実際、現在の危機が始まって以来フランスは何の役割も果たしていないではないか。我々は市場を怖れ、民主主義を怖れているわけだが、怖れは何も生まないのだ。フランスは(ヨーロッパにおける)ドイツの支配的な役割を国内でも完全に受け入れてしまっており、何もできる能力がないと感じてしまっているくらいなのだ。

がんばれ、オランド!

SPIEGEL: オランド大統領が脆弱に見えるのはなぜなのか?
Piketty: フランスのトップにいる人間は似たような人が多い。フランスのためにろくなことをやっていない。物事が新しくなる(リニューアル)ということがどこにもない。オランドは相変わらず2005年の欧州憲法条約に関する国民投票の後遺症から抜けきれないでいる。あの条約を締結するのためにホランドは懸命だったがフランス国民はこれを拒否した。オランドがゆっくりとでも立ち直ってくれることはフランスにとってもヨーロッパにとっても望ましいことだ。
SPIEGEL: あの条約(草案)が成立していればEU加盟国の責任のいくつかはブラッセル(EU)に移譲されたはずだったが、それはフランスとオランダの国民によって拒否された。オランドはいま何をすればいいのか?
Piketty: フランスでは、政府が考えているよりもはるかに大胆な改革が必要とされている。複雑極まりない社会保障制度を簡素化することは絶対に必要だ。なのに、政府はそれをさらに複雑化しようとしている。そのために新しい法律を作ったりしているのだ。

経営者のことも考えろ

SPIEGEL: もう少し具体的に言ってくれないか。
Piketty: いまの政権ができた直後に、non-wage labor costs(企業が従業員のために支払う社会保障や健康保険のような給料以外のコスト)を削減するために前政権が採用した方法が反故にされた。なのにそれから1年半後に同じ方法が違う名前で提案されたりしているのだ。クレイジーとかいいようがない。フランスの経営者への負担はドイツの2倍なのだ。それなのにオランドは真に重要な問題に対処するのではなく、金持ちに75%の税金を課そうとして廃案に追い込まれたりしている。そんなことをやってもなんの効果もないからだ。何もかもがシンボル的な政策なのだが、どれも間違った政策なのだ。

ユーロ圏共通の法人税を

SPIEGEL: オランドとメルケルはどのようにすれば国民がEUを支持するようなインスピレーションを与えられるのか?
Piketty: 例えば、フランスもドイツも多国籍企業に対してしっかり課税することができない理由が、企業が国と国を弄ぶようなことをやっているからであるということを国民に説明することだ。これまでアメリカ企業であれヨーロッパ企業であれ、大企業は常に小企業よりも税金が少なかったのだ。ユーロ圏の共通法人税のようなものを新しいユーロ圏議会が決めること。そうすれば大いに役に立つし、国民的な支持をも受けるはずだ。

極右は無責任集団だ

SPIEGEL: ただ、どの国の有権者もこれまで以上に権限をブラッセルに移譲することにいい顔をしないと思う。それどころかいまや反EUの政党があちこちで支持を広げているではないか。
Piketty: ギリシャにおいてスィリザ党が勝利したことをどのように評価するかはともかくとして、あれが現在権力を持っている人達にとってはある種のショック療法の役割を果たすことになるだろう。自分たちのやってきたことが全くうまくいっておらず、やり方を変える必要があるということに突如として気づかされたということだ。ギリシャのスィリザ党やスペインのポデモス党のような左翼政党は極右政党に比べれば危険性は小さいのだ。フランスの極右であるナショナル・フロントはかつてないほどの人気を得ていることは事実だ。既成の主要政党がこれらの極右勢力に火を注ぐようなやり方をつづけることは非常に危険だ。ギリシャ人やポルトガル人を怠け者扱いして馬鹿にするのは無責任というものだ。
2015年4月6日 up date

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