NPO法人 アジア情報フォーラム

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国際問題コラム「世界の鼓動」

西洋近代の「表現の自由」とイスラムへの眼差し

啓蒙主義者ヴォルテールの反イスラム劇 

フランスが掲げる「表現の自由」といえば、すぐに頭に思い浮かぶのが、かの有名なフランスの啓蒙思想家ヴォルテールの名言だ。「私は君の意見に反対だ。しかし君がそれを口にする権利を、私は命をかけて守る。」

「シャルリー・エブド」事件の後、世界中でどれだけ多くの人びとがこの言葉を口にしたことだろう。この「表現の自由」の権化のような啓蒙思想家が、今から270年以上前にかなり激烈な反イスラム劇文学を書いていることをご存じだろうか。私はこれから紹介するインドネシア知識人のエッセイを読むまで知らなかった。

近代がこれから幕を開けようとする時代に、すでに「表現の自由」と「反イスラム」はねじれた関係性を結んでいたのだとすると、「シャルリー・エブド」事件にはかなり根の深い問題が背景にあると考えざるをえない。

グナワン・モハマドグナワン・モハマド(写真)は、インドネシアを代表する報道週刊誌「テンポ」の編集長を長年勤め、権力におもねらない気骨あるジャーナリストであるとともに、詩・小説・戯曲等を創作する文学者でもある。その作品は英語他各国言語に翻訳されており、世界的な影響力を有する知識人として知られている。国際交流基金と国際文化会館が共催するアジアリーダーシップ・フェロー・プログラムで日本に滞在したこともあり友人も多い。グナワンは「テンポ」編集長を退いた後も同誌の巻末にエッセイを連載しているが、1月19日付け「テンポ」誌に掲載された「マホメット」と題する彼のエッセイは、私にとって新しく学ぶことが多く、昨今の激動の国際情勢のなかで右往左往する自分の立ち位置を再考する機会を与えてくれた示唆に富むものだった。

といっても「シャルリー・エブド」事件や「イスラム国」に関する言及は、全くない。それは、ヴォルテールの悲劇『マホメットあるいは狂信』に関するものだ。ヴォルテールはこの戯曲を1739年に書き始め、1741年にフランス北部リールで、1742年にパリで公演が行われている。

この戯曲のなかで、イスラム教の宗祖ムハンマドは狂信的、狡猾な預言者として描かれている。物語は、ムハンマドがかつて追われたメッカを大軍で包囲し、メッカの執政官ゾピールを打倒そうとしているところから始まる。ゾピールの実の息子でありながら、幼児期にさらわれ、ムハンマドの奴隷として育てられ、ムハンマドの指令に絶対服従する狂信的な青年セイードが、実父ゾピールを暗殺するのが物語の後半だ。ムハンマドは、セイードとともに連れ去られたゾピールの娘パルミールを恋慕するが、パルミールはこれを拒否し、自らの命を断つのである。

イスラム教の宗祖を戯画化したこの悲劇は、世界のイスラム教徒を憤慨させたムハンマドの戯画を掲載した「シャルリー・エブド」の手法を想起させるものがある。今日の世界でこの戯曲が上演されたら、大変な物議を醸すに違いないし、まず再演はないだろう。

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2015年1月27日 up date

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