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国際問題コラム「世界の鼓動」

「イスラム国」という呪縛から逃れるために

賛助会員 小川 忠

(筆者は国際交流基金のジャカルタ事務所長として独自に情報発信をしている)

テロ再発の懸念

前通信に「イスラム国」思想がインドネシアの一部青年層に浸透している現状を書いた。それからわずか一カ月の間に、オーストラリアとパキスタンにおいて「イスラム国」に刺激を受けたと思われる個人、政治勢力によるテロ事件がたて続けに発生し、世界を震撼させた。これによって、また確実に非イスラム圏においてイスラムに対するイメージが悪化し、「イスラムは暴力的」という否定的イスラム認識が刻印されることになるだろう。そのことが、イスラム教義の中に寛容性を再発見していこうという思想的模索に注目し、その可能性を訴えてきた自分として、何より悔しい。

それにしても不可解なのは、現代世界の人権感覚からすると中世に逆戻りしたような「イスラム国」に共感を覚える層が、わずかとはいえ存在することだ。

ジョコ・ウィドド政権発足にともないインドネシア国家テロ対策庁最高責任者に就任したサウド・ウスマン長官は、「『イスラム国』に身を投じるためにインドネシアを出国したと思われるインドネシア国籍の人間は、2014年6月時点で86名だった。それが10月には264名に跳ね上がっている」と警鐘を鳴らしている。同庁によれば、514名のインドネシア人がシリアとイラクで「イスラム国」の戦闘に加わっており、約半分は労働や留学目的で「イスラム国」台頭以前に近隣国に渡航した者たちであるという。(「ジャカルタ・ポスト」紙 2014/12/8)

500名以上のインドネシア国民が「イスラム国」の戦闘に参加している事実は、この国の中長期的な安定に暗い影を落とす。1980年代アフガニスタン戦争では、少なからぬインドネシア市民が、アフガニスタンに侵攻したソ連への戦いに加わった。ここで戦闘技術を学んで帰国した者たちが「ジェマ・イスラミア」という過激イスラム主義組織を結成し、2002年バリ爆弾事件のような大規模テロを繰り返した事態は、まだ記憶に新しい。

インドネシアのテロに詳しい紛争政治分析研究所シドニー・ジョーンズ所長によれば、アフガニスタン戦争では盛時でもインドネシアからの戦闘参加者は300名を上回ることはなかった(「ジャカルタ・ポスト」紙 2014/12/8)。それが、今回の「イスラム国」ケースでは既に500名を超える青年たちが、シリアやイラクに渡って市街戦の戦い方、爆弾の製造方法などを実戦のなかで吸収しようとしているという。もし彼らがインドネシアに帰国し、暴力的な手段によって「イスラム国家」樹立を目指したら、インドネシアの治安はどうなるのか。

さらなる懸念材料が存在する。前述ジェマ・イスラミアが惹き起したテロ事件で逮捕・収監された受刑者たちは800名を超えるといわれている。逮捕時に殺害されるか、死刑判決を受けた首謀者を除いて、受刑者の多くが10年程度の懲役刑に服しているが、まもなく刑期を終えて社会に戻ってくる。再び彼らがテロに奔る危険性が、テロ対策専門家たちのあいだで語られているのである。

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2014年12月24日 up date

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