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賛助会員 春海 二郎
(筆者は長年、在日イギリス大使館に勤務し、イギリス関係情報を独自に発信するサイト「むささびジャーナル」の運営をしている)
11月5日付のGuardianにフィンランドのサウリ・ニーニスト(Sauli Niinisto)大統領とのインタビュー記事が出ています。英国の新聞にフィンランドの政治家とのインタビューが掲載されるのも珍しい。話題はウクライナ情勢に関連して高まっているロシアと欧米との緊張関係。EU諸国とアメリカはプーチンが抱えている不満(grievances)がいかに深刻なものであるかが分かっていないとのことで、フィンランドにはロシアとの友好関係を維持する努力を払ってきたという歴史があるけれど、かと言ってロシアに小突き回されるということもない・・・というのが大統領のメッセージです。
最近、ロシア空軍の戦闘機がフィンランドの空域を侵犯したことがあるらしいのですが、それについてのコメントは
どのような状況であれ、フィンランド流のロシアとの付き合い方は、何が自分たちの気に入らないのか、どこに線を引いているのか、そしていざとなったらフィンランドが何をするのかをはっきりさせるということだ。The Finnish way of dealing with Russia, whatever the situation, is that we will be very decisive to show what we don’t like, where the red line is. And that is what we are prepared to do.
というものだったのですが、ロシア機による侵犯があったときは、直ちにフィンランド空軍の戦闘機(アメリカ製)が発進、ロシア機と並んで飛行したところロシア機は逃げていったとのことですが、「もし彼らが逃げていかなかったらどうなっていたか?」という問いについては
憶測は避けたい。I would not speculate.
とのことだった。
ご存知の方も多いと思うけれど、フィンランドはかつてスウェーデンの一部であった時代(1155年~1809年)があり、続いてロシアの一部であった時代があった。1809年~1917年がそれですが、ロシア革命と同時に独立国となった。
ニーニスト大統領は、ウクライナ情勢についてロシアのプーチン大統領と今年の8月、個人的に話し合ったことがあり、それ以後も連絡を取り合っているとのことで、その彼によると、欧米とロシアの間で高まっている緊張の責任の一端はEUとアメリカによるロシアの理解不足にある。プーチンはこれまでに西側諸国が快楽主義に走り、宗教も含めてロシアの価値観に対する敵対的な態度をとり続けていると不満を述べているけれど、欧米はこのようなプーチンの態度に対して然るべき注意を払っていない、とニーニスト大統領は述べている。
プーチンはロシア国内の保守派、極右民族主義者からの圧力にさらされており、昨年、アメリカがシリア爆撃をやらないと決めたことで大いに勇気づけられている。つまりロシアによる外交のおかげでシリア爆撃が回避された・・・とロシアは信じている。シリアへの爆撃をしなかったことが西側の弱さの象徴だと考えている。
ただヘルシンキの政府関係者によると、シリアの件はあくまでも「弱腰欧米」の一例にすぎないとロシアは考えている。この政府筋はまた
より大きな要因は、ロシアの行動ということになると途端にソフト路線になるEUとアメリカの態度にある。第一次チェチェン戦争(1994年12月~1996年8月)と2008年のグルジアへの軍事介入ではロシアは殺人行為をしたにもかかわらず、結局逃げ延びたのだ。
A bigger factor is the consistent softness shown by the EU and the US when it comes to Russian actions. They [the Russians] have got away with murder since the first Chechen war and especially since [the Russian military intervention in] Georgia [in 2008].
という解説も加えている。それも欧米の対ロシア「ソフト路線」のお陰だというわけです。
ところで欧米対ロシアといえばNATO(北大西洋条約機構)対ロシア軍の対立ということになるけれど、フィンランドはNATOに加盟していないし、国内の世論もロシアからの反応を怖れてNATO加盟には反対の意見が強い。ロシア政府はこれまでにもフィンランドのNATO加盟には反対するという態度を鮮明にしており、フィンランドはガス資源の100%をロシアからの供給に依存しているのだそうです。
ただ微妙なのはフィンランドは必ずしも「反NATO」ではないということです。加盟はしていないけれど、アフガニスタンにおけるNATO軍の行動には貢献している。ロシアとEUの対立に関連して、フィンランドはNATOに加盟していないのにその庇護の下にあるというわけで、「NATOただ乗り」を指摘されることもある。ただニーニスト大統領によると、フィンランドとロシアとの間は1300キロという長い国境線で隣接している。これは他のEU加盟国がロシアに接している距離よりも長いのだそうです。つまり、いまフィンランドがNATOに加盟すると、NATOとロシアとの国境線は現在の2倍にもなり、NATOの対ロシア守備範囲が非常に広くなるということです。それでもいいんですか?ということ。
ただフィンランドでは来年の4月に総選挙がある。その際の論点がフィンランドの対ロシア、対NATO関係ということになる可能性がある。そうなると、NATO加盟論が上昇する可能性は大いにある(とGuardianの記者は見ている)。このインタビュー記事は、ニーニスト大統領の次の言葉で終わっています。
私が心配するのは、(フィンランドのNATO加盟云々より)欧米とロシアの関係がますます冷戦に近い状態になりつつあるのではないかということだ。そうなると状況は非常に不安定なものになる。それが我々にとっての心配の種なのだ。しかし我々が直接的にも間接的にもロシアを怖がっているのかと聞かれれば、私の答えはノーなのだ。
My main worry is the larger picture of getting close to a cold war. That would be a very uncertain situation and that worries us. But if you are asking are we afraid, directly or indirectly, of Russia, I would say no.”