NPO法人 アジア情報フォーラム

お仕事のご依頼・お問い合わせ

講演依頼、コラム執筆、国際交流企画など、ご相談は無料です

国際問題コラム「世界の鼓動」

対岸の火事とせず

古庄 幸一(理事)

韓国珍島沖での旅客船「セウォル号」の沈没事故で、修学旅行中だった多くの高校生が犠牲になった。その後の調査で救命ボートの整備不良や船長以下船員に対する教育の不行き届き等、多くの問題点が指摘された。筆者も一船乗りとして一言残しておきたい。

現役を退き約10年になるが、時々潮風が恋しくなり船で海に出る。どの船会社でも、出港後先ず行うことは、万一に備えての避難訓練だ。乗客は、船長の指示により救命胴衣を着けて、指定された救命ボートの下に集合し、担当の船員の人員チェックを受ける。そして船が沈む等、最悪の場合どのように行動し船を降りるかの説明を受け、解散となる。船旅を楽しむ気分になるのは、横浜港を出港した場合は観音崎灯台を過ぎる頃だ。時代がいかにハイテク化し船が近代化しても、鉄でできている船は事故があれば沈む。飛行機は必ず落ちるという事実を忘れてはいけない。

海上自衛隊の護衛艦でも、「総員離艦」という訓練が行われる。これは艦が戦闘で被弾し航行不能になり、艦を捨てる時を想定した最後の状況での人命救助の一環としての訓練である。各人には総員離艦時のボートや筏が指定されており、決められた武器や書類を持ってその指定場所に集合するという一般の商船と同じ訓練だ。

5月に広島湾で行われた「広島湾海難供養」に今年も出席した。瀬戸内海で運航されているフェリーボート上での、約3時間程の行事である。この供養は行者山太光寺(天台宗)というお寺さんが、海難事故等で亡くなった方や、原爆に被爆しその後川や海で物故された方々のご供養と、海上安全を祈願する目的で行っている。今年で7回目を迎えたが、一昨年からは東日本大震災の津波により亡くなられた方の追善供養を合わせて行っており、今年は更に韓国旅客船での犠牲者の供養も合わせて執り行われた。今回は韓国旅客船事故の直後とあって、参加者に対する安全への気配りが感じられ、さすが日本だと船乗りとして嬉しく思った。宇品港を出港した直後、船内アナウンスで救命胴衣の保管場所が説明され、「万一事故等が起こった場合には、落ち着いて係員の説明に従ってください」と3回ほど放送が流れた。今まで広島湾内を航行するフェリーで、こんなアナウンスを聞いたことが有ったかなと考えた程だ。これはフェリー会社が韓国の事故を対岸の火事とせず、我が身の教訓として執えて乗客の安全に寄与するという、学習効果によるものだと感心した。この船の様に、事故に対して敏感に社内教育を実施する船会社の船には安心して乗船できる。

現役時代部隊の指揮官を拝命していた時、気を付けていたことの一つが他から学ぶということだった。他の艦船や部隊で火災などの事故が発生したことを知った場合は、直ちに自分の艦・部隊は大丈夫か、同じ場所はどうなっているかとチェックするという事だ。他部隊での事故の発生を知っても、対岸の火事と何も手を打とうとしない指揮官の下では、強い部隊は育たない現実を何度も体験した。

今や海上だけでなく世界中で、毎日のように航空機をはじめ交通機関事故や建物崩壊といった、公共の事故が生起し多くの犠牲者を出し、その都度責任者が頭を下げている。リーダーは事故は必ず起こるとの認識の下、起こったらいかに被害を最小限に食い止めるかという、リスク管理のための予算を組み、訓練を日常的に行うことが必要である。事故防止には奇跡や手品はない。訓練した以上のことは出来ないことをリーダーは認識すべきである。

我が日本丸も憲法9条が有ったから平和が守られていると思うのではなく、自衛隊が戦う為に存在し日米安保の機能により周辺のパワーバランスが維持されてきた現実を認識する時だろう。しかし今やそのバランスも大きく壊れようとしている。南シナ海での海洋権益の拡大による中・米・ベトナム・フィリピン等の動きを見れば判る。もし今、東シナ海で同様なことが生起してもあわてることなく、舵取りが出来るように、しっかりと南シナ海を「対岸の火事とせず」これを学び、訓練して備えておくことが大切だ。

(平成26年9月6日)

2014年10月21日 up date

賛助会員受付中!

当NPOでは、運営をサポートしてくださる賛助会員様を募集しております。

詳しくはこちら
このページの一番上へ