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賛助会員 春海 二郎
(筆者は長年、在日イギリス大使館に勤務し、イギリス関係情報を独自に発信するサイト「むささびジャーナル」の運営をしている)
BBCの看板ニュース番組の一つにNewsnightというのがあります。毎晩10時半から11時20分までの50分番組なのですが、最近、この番組の人気キャスター、ジェレミー・パックスマン(Jeremy Paxman)が降板して話題になりました。25年間もキャスターをつとめ、特に政治家とのインタビューでは、歯に衣着せぬ口調で質問することで人気を得ていた人物です。この際、パックスマンがブレア首相にインタビューをした2003年2月6日のNewsnightを紹介します。インタビューは文字による速記録と録画による映像がそれぞれ見ることができます。その気のある方は録画と速記録を同時に見ると興味深いかもしれません。
イラク戦争が英米による爆撃で始まったのが2003年3月20日。このNewsnightはその約約1か月半前に放送されたものです。ちょっと変わっていたのは、インタビューが行われたのがロンドンのスタジオではなく、北イングランドのGatesheadという町の公会堂のようなところだったこと、会場にはどちらかというとイラク爆撃には批判的な意見を持った市民が招かれ首相に直接質問をぶつける一種の市民集会のようなものであったことです。実はこのインタビューについてはむささびジャーナルの第1号でも紹介しています。おそらくNewsnightという番組の歴史に残るものだと思うので、以前の「むささび」ではカバーされなかったところを中心に紹介します。
インタビューは、パックスマンがイラク爆撃の正当性についていろいろと質問をぶつけブレアもそれに答えて、サダム・フセインという独裁者に大量破壊兵器を持たせておくことが如何に危険なことかを説明して英米によるイラク爆撃を正当化しようと躍起になります。10分ほど過ぎたあたりで会場で聴いていた女性が次のような質問をします。
私は核兵器の所持や開発は、誰がやるのであれ完全に反対であり、それは英国やアメリカの核兵器についても同じことだ。英国もアメリカも多くの核兵器を持っている。忘れてならないのは、アメリカは核爆弾を投下したことさえあるということだ。自分たちが持っている核兵器を廃棄する努力は殆どしないで、イラクの核兵器開発を非難するなどということがどうしてできるのか?信じられないほど偽善的ではないか?
I’m totally opposed to anyone having, or developing nuclear weapons. But that goes for British and American nuclear weapons as well. This country has lots of nuclear weapons and the United States has nuclear weapons. The United States has dropped nuclear bombs, don’t let us forget that. How can we possibly justify criticising Iraq for developing nuclear weapons when we’re doing so little to get rid of our own. Isn’t it incredibly hypocritical?
これに対してブレア首相は、英米は核兵器を持っているが国際的な取り決めに参加していること、また英国は隣国に対してこれを使用したことがないことからして、質問者が言うように「偽善的」であるとは思わないと主張します。そしてこの戦争の善し悪しについて英国民が心配していることについては「完全に理解する」(totally understand)と言って、「本当に理解している」(I genuinely do)と述べながら、それでもサダム・フセインは自国民に対して化学兵器を使うようなことを平気でやる独裁者であり「全く普通ではない」(Saddam Hussein is in a different category)と訴える。
と、ここでパックスマンが割って入ります。
中東における化学兵器の所有国を言うのならシリアはどうなのか?中東最大の科学兵器所有国ではないか。しかもあなたはシリアの大統領を招いて女王とお茶までさせているではないか。
Prime Minister, if you’re looking at countries in the Middle East that have got arsenals of chemical weapons, I mean what about a country like Syria which has the biggest chemical weapons arsenal in that part of the world, and whose president you invite to this country to have tea with the Queen.
これに対してブレア首相は、
シリアのアサド大統領は、フセインのように化学兵器を使って近隣諸国と戦争を始めたわけではない。
But he has not started a war with his neighbours, using those weapons.
と言いながらも、いずれはシリアのアサド大統領とも対決しなければならないかもしれないという趣旨の発言をする。2014年のシリア攻撃提案の前ぶれのようです。会場からはさらに次のような質問が出ます。質問者は女性です。
(戦争になれば)多くのイラク人、多くの英国人、多くのアメリカ人が命を落とします。罪のない人間の血が流れるのです。
But so many Iraqis, so many British people, so many Americans are going to die. Innocent blood is going to flow.
これに対するブレアの答えは「戦争や紛争になればそうなります・・・」(If you get into war and conflict it is true -)だったのですが、質問者が「戦争は避けられるのか?」(Can it be avoided?)と食い下がると、ブレア首相は
避けることは出来ますよ、サダム・フセインが国連の言うことに従うのなら・・・
Well it can be avoided if Saddam abides by the United Nations.
と答えたうえで、「自分が英国で出会ったイラク人難民がサダム・フセインが如何にひどい独裁者であるかを語っていた」という趣旨のことを延々と語り始める。すると質問者の女性が
私の質問に答えていないじゃありませんか。
No coming back to my question.
とブレアのトークをさえぎるように口をはさむ。するとパックスマンが
彼女が聞いたのは、罪のない人びとが死ぬことを貴方がどう思うのかということです。戦争になれば常に罪のない人が死ぬけれど、キリスト教徒として貴方はそのことをどう感じるのか?
She’s asked you about deaths of innocent people, I mean as a Christian how do you feel about innocent people dying? As they always die in war.
と援護射撃すると会場が拍手で包まれる。が、ブレアも負けていない。もちろん罪のない人の死は避けなければならない、そのためには可能な限り戦争を避けなければならない・・・と言いながら、自分が進めたコソボとアフガニスタンにおける戦闘のことに言及し
結局ああするしか選択肢はなかったのですよ。
But in the end I felt on both occasions we had no option but to do this.
と言い張る。パックスマンが聞いた「キリスト教徒してどう感じるか」という質問には直接答えていない。パックスマンがさらに突っ込む。
ジョージ・ブッシュも貴方もクリスチャンですが、そのことによって二人がイラクの問題などを「善か悪か」という視点で考えることが容易になるということはあるのか?
Does the fact that George Bush and you are both Christians make it easier for you to view these conflicts in terms of good and evil?
それに対するブレアの答えは
そんなことはないと思う。クリスチャンであろうとなかろうと、何が善で何が悪なのかを分かろうとすることはできますよ。
I don’t think so, no, I think that whether you’re a Christian or you’re not a Christian you can try perceive what is good and what is, is evil.
というものだった。ご記憶の方も多いと思うけれど、あの頃、ブッシュ大統領が口癖のように語ったのが、イラク、イラン、北朝鮮は「悪の枢軸」(axis of evil)という言葉だった。パックスマンはこのインタビューで、「悪の枢軸」という言い回しは下らない(silly)と言って、ブレアに賛同を求めたのですが、これは結局成功しなかった。