講演依頼、コラム執筆、国際交流企画など、ご相談は無料です
第2に、中国の南シナ海でのベトナムの「領海侵犯」はASEAN首脳会議直前のタイミングにも合わせている。ASEANが5月9~10日、ミヤンマーの首都ネピド―で外相会議、首脳会議を開催する予定であることは当然、中国側は承知の上だった。2年前のASEAN首脳会議は中国から経済的支援を受けているカンボジアが議長国で、中国の領海侵犯を牽制する共同声明も出せないで終わった。さすが、今回は初めて一致結束、外相会議では南シナ海の現状に「深刻な懸念」を表明、首脳会議では、南シナ海の紛争について「全当事者に自制と武力不使用を求める」と踏み込んだ共同声明を出した。
中国は領海紛争はあくまで2国間で協議する問題であり、多国間協議には応じないという立場を貫いてきたが、ASEAN 首脳会議は昨年から中国との協議が始まった法的拘束力がある「南シナ海での行動規範」の早期策定に取り組むことも決めた。
ASEANが首脳会議で結束して中国牽制に動いたのは大きな一歩ではあったが、中国を名指しで非難することは避けた。領海を侵犯されても、軍事力、経済力とも圧倒的に大きい中国を刺激したくない弱い立場をさらけ出している。「行動規範」についても長年の課題で、中国が応じなければどうにもならない。これこそ、ASEAN 首脳会議の直前に、ベトナムの領海を侵略し、南シナ海では「九段線」ルールに従えと圧倒的な力の威力を見せつける中国の狙いなのだろう。ASEANの盟主格であるインドネシアのマルティ外相が5月14日、ベトナムとの紛争問題で中国の王毅外相に「中国がベトナムの主権と管轄権を侵害した」と電話で抗議したものの、「インドネシアは南シナ海の主権問題で特定の立場をとらない」と述べたという。これでは、中国に対する抗議も迫力を欠く。領土問題では中立を保つと、一歩引く構えの米国と同じだ。
ロシア問題専門家の石郷岡 建氏によると、ロシアのルシコフ元下院議員(反プーチン派)が解説するプーチン大統領の国際法に対する考え方は「国際法は、もはや規範システムではない。強国が自らの利害に合うように自由に選ぶ選択のメニューに過ぎない。ロシアは自らルールをつくる。ウエストファリア条約に謳われた国家主権と領土保全の原則は強国にだけ適用される」というものだという。
中国は今回、まさにプーチン大統領の“新ドクトリン”を南シナ海で援用しようとしている。
国際法にない「九段線」を根拠に南シナ海のほぼ全域を自国の領海で「核心的利益」だと主張し、絶対に退けないと言い分を貫き通す。ASEANのような弱小国連合が束になってかかってきたところで超大国、中国は動じる必要がないという態度だ。習近平国家主席は5月1日、訪問先のベルギー・ブリュージュで「中国は他国の制度は真似しない」と述べ、欧米の民主主義を念頭に置いた政治改革を否定している。
海南市は14年1月、外国の漁船が南シナ海で操業する場合、事前に許可を必要とするという通達を出した。中国が東シナ海に続き、南シナ海でもADIZ(防空識別圏)を一方的に設定するのも時間の問題だろう。