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古庄 幸一(理事)
新しい年を迎えるために神棚の掃除をしている時、「水」のことが頭を過った。日本人一人が一日に使用する真水の量は、平均して296リットルだそうだ。一方WHO(世界保健機関)が定めた一人当たりの一日最低限必要な真水量は、7.4リットルという。何と日本人はWHOで定めた最低量の、約40倍の水を使っていることになる。
多くの日本人は水道から水を流しながら顔を洗い、洗面器に水を溜めて顔を洗う人は少ないだろう。またほとんどの人が歯磨きの後コップに一杯ずつ水を汲みながら口を濯ぐことはせず、水道の水は流しっぱなしでコップを使っている。真に必要な水の何倍かを無駄に捨てていると思う。水不足のアフリカや南米の国々では有り得ない光景だ。
艦乗りにとって真水は燃料と共に貴重なものだった。艦は紡を放し出港すると、先ず「真水制限」の号令が艦内に流され、洗濯をしたり、風呂・シャワーを勝手には使うことが出来なかった。航海中に入浴が許可されても、海水の風呂が当り前で、七つの海の海水風呂に入った事が今でも後輩に自慢できるのは、我々世代までかと嬉しくもあり懐かしくもある。洗面所の蛇口も右に廻している間だけは水が出るが、手を離すと自動的に蛇口が締まり水が止まる仕組みになっていた。今でも訓練を終えて港に帰ると、何はさて置き先ずは次の出港に備えて燃料と真水の搭載を行う。
海水から真水を造る造水装置が発達した今日では、ほとんどの艦艇は航海中に真水制限をする事はなくなった。逆に水質の悪い外国の港に入港する時に、洋上で造った自前の真水でタンクを一杯にして入港し、飲料水として制限を掛けて使用する事がある。水質が悪い港の水は、洗濯等の雑用水として使う以外は使用しない。
兵庫県西宮市に宮水と言われる湧水がある。灘の日本酒造りにとって大事な水である。かつて南米等への移民船にはこの宮水を神戸で搭載し神戸から出港した。洋上を何日かけて渡っても宮水の水質は変わらなかったので、神戸港から出港した理由の一つと言われている。明治の海軍も遠洋練習航海で使用した日本酒はこの宮水を使った灘の酒が多かった。数ヶ月経っても酒の味が変わらなかったと、海軍から沢山な感謝状が贈られているのを灘の蔵元で見た事がある。
近頃色々なレベルの会議やシンポジウムの席で、ペットボトルに入ったミネラルウオーターがよく出る。これらは国内産も有れば外国産も有るが、ほとんどの出席者はこの水を一口、二口飲んで、そのまま机の上に残して席を去る。残されたペットボトルは他人が口に着けたものだから、その水は使う事なくゴミとして処分される。私は自分のペットボトルに残った水は必ず持って帰ることにしている。
地球上では10億人以上の人々が水不足で苦しみ、更に真水が飲めなくて毎年数百万人が命を落としているとも言われている。この様な人達が水洗トイレに飲める水を流している日本人を見たら、何と言うだろうか。
訪日したある中東の大統領が外務省の案内役に質問した。「あの蛇口という右に廻すと水が出る道具はどこで買えますか」と。「あれは蛇口だけでは水は出ません。多くのインフラシステムが必要です」と真面目に答えた。すると大統領は「そのインフラシステムと蛇口を是非日本の土産に買いたい」と。
日本のレストランでは無料で水がサービスとして出る。外国ではワインより水の方が高い国さえあるし、真水がサービスされる国は少ない。日本では水が「タダ」なのは当たり前と思っている。もっと真水を大切にするとともに、日本という国の有難さを教える必要がある。
妻も子供達も郷里の大分に帰郷して三、四日もすると、肌がスベスベしてくると田舎の水を絶賛する。一緒に帰郷していた四才の孫娘に食事の時、「飲み物は何がいい」と聞いたら「水」と言ったのには驚いた。東京で食事する時は水と言った事はなく、必ずオレンジジュースと言っていた孫娘がである。
「この当り前の水資源は、大切に守り次の世代に申し贈らねば」と願い、神棚に向って手を打った。