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国際問題コラム「世界の鼓動」

「テレビ大統領」のアメリカ

 

賛助会員 春海 二郎

(筆者は長年、在日イギリス大使館に勤務し、イギリス関係情報を独自に発信するサイト「むささびジャーナル」の運営をしている)

ジョン・F・ケネディ(JFK)米大統領が暗殺されたのが1963年11月22日。あれからちょうど50年、アメリカの世論調査機関のPew Researchのサイト(11月20日付)に出ている「ケネディのアメリカ」(JFK’s America)というエッセイが1963年のアメリカを世論調査の数字を使って振り返っています。このエッセイを読んだあとで、6年前に亡くなったアメリカのジャーナリスト、デイビッド・ハルバスタム(David Halberstam)が書いた”The Power That Be” (日本語訳『メディアの権力』)に出ている「ケネディとテレビ・メディア」という部分を読んでみたのですが、いまの政治家とメディアの関係を考えるうえでも参考になる部分だと思うので紹介させてもらいます。

まずジョン・F・ケネディに関する事実関係を確認しておきましょう。生れたのは1917年5月、ということは、いま生きていたら96才ということになる。1960年の大統領選挙で共和党のリチャード・ニクソンを破り、1961年1月に第35代の米大統領に就任、2年後の1963年11月に暗殺されてしまった。つまり大統領としての仕事は2年と10か月だけということになる。

Pew Researchのサイトに出ている「ケネディのアメリカ」ですが、就任3年目の1963年1月にギャラップが行った世論調査の数字を見ると、あのころのアメリカがいかに自信と楽観主義に満ち溢れていたかが分かります。

  • 82%がアメリカのパワーはさらに強いものとなると考えている。
  • 63%がソ連との平和共存が可能であると考えている。
  • 82%が外国との協調路線を望んでおり、単独路線を望むのはわずか10%にすぎない。
  • 58%が海外援助を積極的に行うべきだと答えている。
  • 64%が地元の景気がいいと言っている。
  • 68%が給料に満足。

実際にはその前の年(1962年)10月半ばからの約2週間、米ソが核戦争寸前まで行くという「キューバ危機」があったにもかかわらず、6割以上のアメリカ人が「ソ連との平和共存が可能」であると考えている。ヒステリックな反共主義に凝り固まってはいない。自分の国に対してよほどの自信を持っていない限りこんな数字はでないのでは?これがJFK’s Americaの一側面であったわけです。

で、デイビッド・ハルバスタムの”The Powers That Be”です。この本が書かれたのがいまから34年前の1979年(ケネディ暗殺の16年後)のことですが、その本の中にケネディ大統領とテレビ・メディアの関係について語った部分があります。

ケネディよりも3代前の米大統領にフランクリン・ルーズベルト(任期:1933年~1945年)という人がいるのですが、この人はラジオというメディアを上手に使いこなした大統領として知られている。ルーズベルトが体現したのは「ラジオ大統領」(Radio Presidency)ですが、J・F・ケネディは「テレビ大統領」(TV Presidency)の体現者であった、とハルバスタムは言っている。ケネディは個人的には読書家(reader)であってテレビ人間(viewer)ではなかったけれど、ニュース番組だけは誰よりも熱心に見ていたそうです。他人がケネディと一緒に見ることはあっても、ニュース番組を見ている間は話しかけることは許されなかったのだそうです。

ハルバスタムによると、テレビのニュース番組は必ずしも現実を反映したものではないし、優れたジャーナリズムとも言えないかもしれないけれど

(ケネディにとって)それは国民の考える「現実」を反映するものであり、ある意味においては現実そのもの以上に現実に近いものであったのだ。

It was what the country perceived as reality and thus in a way was closer to reality than reality itself.

ということです。つまりTVメディアにはいろいろと問題はあるけれど、それが世相を反映しているということは事実であり、ケネディはそれをしっかり把握することが大統領として最も重要なことであると考えていたというわけです。それは国民世論を知るという仕事における大統領・ケネディのテレビ観です。もう一方でケネディは自分の思うように世論を動かす手段としてテレビを実にうまく使ったわけですが、ハルバスタムは「テレビ大統領」としてのケネディのやり方を「ラジオ大統領」と比較して

ケネディの時代になると、スタイルというものが本質と同じくらい(あるいは時としてそれ以上に)重要なものとなった。

In his time style became in some ways as important as substance, and on occasion more important.

と書いている。「中身」(政策)もさることながら「イメージ」も大事であるとケネディは考えたということです。ここでいう「イメージ」には自分のプライベートな側面を強調するという意味でもある。良き父親・美しい妻・素晴らしい家族・・・のような面を見せることで、自分の政策についての国民の不安感を和らげる(easing doubts about his policies)ことができるとケネディは考えていた。

大統領は単に政治リーダーというだけではなくなった。彼はスターになったのだ。魅力いっぱいのスターである。彼の友人も、妻も、そして彼の子供たちも魅力いっぱいの存在であった。

The President was not just a political leader now, but a star, he had glamour, as did his friends, his wife, his children.

そしてケネディの子供たち(キャロラインとジョン)はホワイトハウスに住む新しい世代の最初のお姫様と王子様ということになった。ハルバスタムによると、「スター」になった「テレビ大統領」は国民にとって議会や政党を超えた存在となるわけですが、その存在はそれまでの大統領に比べると

  • はるかに大きな人心操作の可能性を秘めている(far more potential for manipulation)
  • はるかに説明責任が少ない(far less accountability)
  • はるかに強力に世の中を支配できる(far more able to dominate the landscape)

ものであった。これらを背景にすることで、「テレビ大統領」は自分の意思を迅速かつ直接的に国民に伝えることができるようになった。

大統領が「スター」になり、ワシントン政治の世界で政党や議会の影が薄くなるのに反比例するように強くなっていったのが、ホワイトハウスで大統領を支える補佐官のようなスタッフたちだった。この人たちが大統領の分身(sub-Presidents)のようになっていったわけですが、補佐官のような人たちと閣僚、議員、政党幹部らとの違いについてハルバスタムは次のように言っている。

強力な閣僚の場合は、どこかの地域や利害関係グループなどの代弁者ということがあったかもしれないが、これら補佐官のような人々にはそのようなことがなかった。

These men were not, as a powerful cabinet member might have been, extensions of different regions and different interest groups.

政治家の場合は大なり小なり何らかの利害グループ(労組、各州、産業団体など)との繋がりでワシントンにいるのだから、政権に参加していてもそれらとのしがらみは切れないわけですが、大統領補佐官のようなスタッフたちの場合のしがらみや忠誠心(loyalty)の相手は大統領だけであり、良くも悪くも大統領の分身であったということです。

ただハルバスタムによると、アメリカにとって幸いであったのは、ケネディ大統領が「しっかりした人物」(secure man)であったということです。ケネディは自分のスタッフについては「忠誠心」よりも「能力」を重視したし、自分に賛同しない人物がいてもそれが理由で「忠実でない」という判断はしなかった。

ケネディは仕事上の関係については、忠誠心とは異なる基盤で考えるだけの内面的な自信と安定感を有していたということである。が、ケネディ亡き後の10年間、アメリカが必ずしもケネディ時代ほどには恵まれた状態にはならなかったのである。

He had the inner confidence and security to judge professional relationship on grounds other than loyalty. But in the next decade the country would not always be that lucky.

つまりケネディと補佐官の関係は徹底的に仕事本位・能力本位であって、いわゆる「忠実度」などは二の次であったということですね。

2013年12月2日 up date

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