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賛助会員 春海 二郎
(筆者は長年、在日イギリス大使館に勤務し、イギリス関係情報を独自に発信するサイト「むささびジャーナル」の運営をしている)
先日、テレビ(NHK:クローズアップ現代)を見ていたら、東京・三鷹市でおきたストーカーによる殺人事件について「なぜ危険は見過ごされたのか」というタイトルでディスカッションをしていました。その中で「なるほど」と思ったのは、ストーカー行為の被害者や遺族から「ストーカーの加害者を更正させる仕組みづくりもするべきだ」という意見があることが紹介されていたことです。ストーキングによる被害をなくすためには、三鷹のような悲惨な事件に至る前にストーカー自身を立ち直らせることも必要だということです。つまり犯罪の元を絶つということです。
日本におけるストーカー規制については、ここをクリックすると簡単な説明が出ていますが、英国におけるストーキングはどうなっているのかと思って調べたら今年(2013年)2月17日付のThe Observerのサイトに
The stalking cure: how to rehabilitate a stalker
ストーキングを治癒する:ストーカー更生の道
というかなり長い記事が出ていました。英国における「つきまとい行為」(stalking)についての数字を押さえておくと、推定で1年間に約12万件起こっているけれど、そのうち犯罪として警察に記録されているのは5万3000件、さらにストーキングの犯人が刑務所入りしたのは50件に1件だそうです。警察庁のサイトによると日本で警察に記録されているストーカー事件の件数は昨年(2012年)で約2万件です。
そもそも英国の法律にはストーキングに特定した犯罪(specific criminal offence)というものがなく、「いやがらせ」(Harassment)という罪の一つとしてストーキングを罰していた。それが一昨年の2月、49才になる男が自分のかつての恋人につきまとった挙句に殺してしまうという事件が起こったことがきっかけで、昨年(2012年)末にストーキングに限った法律ができ、単なる「つきまとい」は最高で6か月、暴力をともなったり、被害者に深刻な精神的ストレスを与えるような場合は最高で5年の禁固刑にすることになった。
The Observerの記事によると、ロンドンにあるChase Farm Hospitalという病院の精神病科の中にNational Stalking Clinicというストーカーのための診療所がある。できたのが2011年で、これが英国内で唯一のストーキング加害者のための治療施設なのだそうです。ここで治療を受けるのは、ストーキング行為で有罪判決を受けたような人たちで、裁判所、警察、精神病院から送り込まれてくる。裁判所の場合は、刑務所に送る代わりにこの診療所で治療を受けて更生させるという意味がある。この診療所でストーカーを治療するとそれにかかる費用は一年間でざっと1万ポンド(160万円)ですが、ストーカーを一年間刑務所に入れるとそれに要するコストは4万5000ポンドなのだそうです。
この診療所設立にかかわった法心理学者のフランク・ファーナム(Frank Farnham)博士によると、暴力を伴わないような「つきまとい」で有罪判決を受けて刑務所に入ったとしても、大体は3か月くらいで出所してくる。彼らはみんな自分が刑務所に入れられたということで怒りを感じているうえに刑務所ではさまざまな犯罪人に囲まれて過ごす。中にはストーカーに同情的であったりする者もいる。そのような刑務所生活を過ごしたのちに出所してくれば、再びストーキングにはしることは眼に見えているというわけです。ファーナム博士の診療所はストーキングという行為を精神病の一つとして治療にあたっているのですが、彼によると病気として治療することで再犯の確率が低くなると言っている。
ファーナム博士は、ストーカー行為におよぶ人々について
彼らこそ本当に追い詰められている。どうしようもない状態に追い込まれてそこから抜け出せないし、(ストーキングを)やめることもできない。
They’re in a real pickle. They’ve got in a terrible situation and can’t get out of it. They can’t stop.
と言っているのですが、この診療所にやってくるトーカー(8割が男性)には5つのタイプがあるのだそうです。
最も一般的なのが最初の「拒絶されたストーカー」で、大体において自己陶酔的で誇大妄想、その割に自分に自信が持てない(low self-esteem)人が多く、ファーナム博士に面と向かうと最初に言うのが次のようなことだそうです。
How dare she break up with me? I want to get back together with her so then I can be the one who leaves.
あの女、オレと別れるなんて、何考えてんだ。ふざけやがってさ。オレとしては、もう一度、あいつと一緒になりたいのさ。そうすりゃ、今度はオレがアイツをふれるからな。
診療所が出来てから約1年で裁判所や他の病院から送られてきたストーカーは80人。そのうち治療に適しているとされたのが25人ですが、実際に公的なお金で治療することになったのはわずか6人。彼らは約8か月におよぶ治療を受けるのだそうです。残りのストーカーがどうなるのかについてThe Observerの記事は触れていないけれど、英国法務省(Home Office)の数字(2012年)によると、12か月以上の禁固刑を受けたのは一年間でたった20人、それ以外は禁固期間が短いか、刑務所には入らない「社会内刑罰」(community sentences)で済ませている。
The Observerの記事には実際にストーカー被害を受けた人の話がいろいろと出ています。例えば、ある有名なスポーツ関係のテレビ局のプロデューサーから9年間にわたってストーキングを受けた女性(37才)の場合、夜中に電話されるは、インターネット上の嫌がらせ行為が年間4万回、親を装って子供の幼稚園を訪れる・・・さんざ悩ませれた挙句警察に訴えたところ全く真面目に扱ってもらえなかったと怒っている。
The Observerの記事に出てくる被害者が一様に挙げるのが警察の怠慢です。
You’re abused and isolated by a man and then that happens 10-fold by the system.
ストーカーに苛められ、孤独を味わったと思ったら、警察ではその10倍ものひどい仕打ちをうけるのですからね。
というわけですが、新しいストーカー対策法ができてから警察の方でもいろいろと対策を打っている・・・ということをPRするようなサイトも出てきています。警察幹部から成る協会(Association of Chief Police Officers)が主宰するサイトに出ているのですが、読んでいるといいことずくめであまりあてにならないという感じであります。
ストーキングの被害者が名乗り出るということは英国でも珍しい。恥ずかしくて言えない、職場を追われるかもしれない、加害者がもっとひどい行為に出るかもしれない・・・などが理由だそうですが、別れた夫によるスト-カー行為に現在でも悩まされているある女性は、The Observerの取材に応じた理由について
Someone once told me the safest thing to do was tell everyone. I have to speak out. That’s what keeps me sane. A lot of people feel shame or they feel embarrassed. I don’t feel ashamed. I feel outraged.
いちばんの安全策は皆に言いふらすことだ、と聞いたことがあります。言わなきゃいけないのです。話をすることでかろうじて気が狂わずに済んでいる。(被害者には)恥ずかしいとか情けないと思う人が多いけれど、私は恥ずかしいとは思わない。感じるのは怒りだけ。
と言っています。ただ取材した記者によると、この女性は疲れ切っているという感じであったとのことです。
最後に、The Observerの記事ではほとんど取り上げられていないけれど、最近急増しているものにインターネットを使ったストーキング、Cyberstalkingというのがあります。ただこれについて語り始めると非常に長くなってしまいます。英国におけるこの分野の研究はベッドフォードシャー大学(University of Bedfordshire)にあるNational Centre for Cyberstalking Researchが中心になっているようです。この組織が2011年に出した報告書”Cyberstalking in the United Kingdom“がネットで読むことができます。