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国際問題コラム「世界の鼓動」

アイルランド大飢饉とThe Economist

賛助会員 春海 二郎

(筆者は長年、在日イギリス大使館に勤務し、イギリス関係情報を独自に発信するサイト「むささびジャーナル」の運営をしている)

今からほぼ170年前の1845年、アイルランドで食糧飢饉が起こりました。ジャガイモの不作によるものでpotato famineと呼ばれています。この出来事と英国および雑誌The Economistの関係について、フェリックス・マーティン(Felix Martin)という人が書いた”Money: The Unauthorized Biography“という本が興味深い指摘をしています。

独立国であったアイルランドが「英国」(イングランド、スコットランド、ウェールズの連合王国)に併合されたのは1801年だったから、大飢饉が起こった1845年当時のアイルランドはすでにUnited Kingdomの一部となっていたけれど英国内でも極貧のエリアとして知られていた。当時の英国は産業革命の真っただ中で世界の工場として繁栄を謳歌していたのですが、アイルランドは農業経済から抜け出せずにいたこと、さらにその農業もポテトだけがほとんど唯一の作物だったことが貧困の背景にあります。

そして1845年9月、アイルランドのポテトが悲惨な不作であることがロンドンの中央政府に伝わった。ロンドンの政府は直ちに現地に視察団を派遣、英国内にはアイルランド救済委員会という慈善組織も立ち上げられた。アイルランド人たちがロンドンの中央政府からの援助が来るのを待っていたときに発行されたThe Economist誌が、1845年11月末の号で次のような書き出しで始まる社説を掲載した。

慈善こそが、イングランド人が犯す国民的過ちである。

Charity is the national error of Englishmen.

The Economistは、アイルランドの大飢饉は人間の悲劇には違いないが、だからと言って英国政府が援助の手を差し伸べるのは、経済の原則からしてアイルランド救済のためには「全く間違った方法である」(absolutely the wrong way)と主張したのです。何が間違いなのかというと、一つにはアイルランド人の「モラル・ハザード」(moral hazard)を引き起こであろうということ。

支援をすることが当面の問題解決にはなるかもしれないが、そうすることでアイルランド人たちに永久的な依存体質に与えてしまう。

Send aid, and one might alleviate the immediate problem — but at the cost of reducing the Irish to a state of permanent dependency.

つまり甘やかしはアイルランドの将来のためによくないということです。もう一つ・・・

二番目の問題点は市場の活動に(国家は)関与すべきでないという経済学における神聖なる原則を犯すことになる。

The second was the hallowed principle of non-intervention in the operation of the market.

ということであります。このポイントは、アイルランド大飢饉に先立つこと70年も前の1776年にアダム・スミスが発表したThe Wealth of Nations(国富論)という本でさんざ強調されていた。つまり経済というものは、個人が自らの利益を、政府に干渉されることなく自由に追求することによってのみ強くなり、社会的な問題も解決されるのだということです。つまりアイルランドの大飢饉を解決するべく政府が関与するというのは「愚かな過ち」(foolish error)にすぎないということであります。アイルランド人自らが何とかしなければならないということです。

大飢饉が継続する中で、The Economistはさらに翌年(1846年)3月の号でも同じような主張を繰り返します。「政府の不干渉」という、アダム・スミスが主張した自明の理(self-evident truths)を否定するのは、客観的かつ科学的な事実(objective, scientific fact)を否定するものであり、

それは算数における初歩的なルールを学ぶなと言っているのと同じで、2+2=5であると主張するようなものだ。

‘appears like calling on us to unlearn the first rules of arithmetic, and do our sums by the assertion that two and two make five’

と決めつけた。

そして1846年8月、ポテトはやはり収穫されず2年連続の大飢饉という最悪の事態となり、一時はアイルランド全体に暴動が起こるようになった。The Time紙は「アイルランドは全滅だ(total annihilation)」として具体的な援助をするべきだと主張したのですが、当時のロンドンの政治家も官僚もアダム・スミスの信奉者が多く、見かねた首相のロバート・ピールが、10万ポンド相当のアメリカ産のトウモロコシ(動物の飼料用)をアイルランドに送ったのですが、それが不評を買って辞職に追い込まれたのだそうです。

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2013年9月24日 up date

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