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会員 北村行孝
宇宙航空研究開発機構(JAXA)の小型ロケット「イプシロン」1号機が8月末に鹿児島県内之浦から打ち上げられる。日本にとっては久しぶりの新型ロケットだ。大型ロケットの分野でも、主力「H2A」後継機の開発が来年度から本格化するなど、ロケット新時代の様相を呈している。
宇宙利用にとってロケットは宇宙への運搬手段に過ぎないともいえるが、そのロケット開発が日本の宇宙開発が歩んできた特異な道を象徴している。今後の課題を考える上でも、歴史の要点を押さえておく必要がある。
日本の宇宙開発は先端技術の開発指向が強く、商業化は二の次、三の次だったといわれる。高機能満載の携帯電話を他国に先駆けて開発しながら、世界への普及では後塵を拝した携帯電話になぞらえて、「ガラパゴス化している」と評される。だが、好き好んでガラパゴス化してきたわけではなく、背景には手かせ足かせとなる事情があった。
その最たるものが、軍事・防衛に対する潔癖すぎるともいえる姿勢である。太平洋戦争敗戦後の占領期に日本は、連合国軍総司令部(GHQ)によって原子力研究とともに航空宇宙技術の研究を禁じられた。独立回復後、東大の糸川英夫博士によるペンシルロケットで遅ればせながらの小規模な宇宙開発が始まったが、国を挙げての体制を組み、JAXAの前身となる宇宙開発事業団(NASDA)を発足させたのは、米国がアポロ11号を月面着陸させた直後の1969年10月になってからのことだった。
宇宙大国米ソから周回遅れでスタートした日本だが、海外からの再武装への懸念を払しょくし、国民感情にも合わせるため、宇宙開発は平和目的に限ることを明言し、法律にも盛り込んだ。だが米国は、東大の糸川グループが目指した固体燃料によるロケットに懸念を抱き、日本の宇宙開発を液体燃料ロケットへ誘導しようとする。液体ロケットは大型化しやすいが、打ち上げ準備に時間がかかり保管にも向いていない。これに対して固体ロケットはいつでも打ち上げ可能な状態で保管ができ、弾道ミサイルに最適なためである。
米国は、自国にとって時代遅れになっていた液体ロケット技術を日本に供与することで、日本の宇宙開発を制御しようとし、現にNASDAは米国技術を元に液体ロケットの国産化を目指す。努力の甲斐あって大型ロケットの極めて優れた2段目エンジン(LE5)の独自開発に成功し、米国のメーカーから買いたいと商談が舞い込むまでになる。だが障害は「平和目的に限る」という国是で、米国からこの保障が得られない以上、諦めざるを得なかった。
これは一例にすぎない。自衛隊というユーザーを当初から除外した日本の宇宙開発は、軍事費を投入するのが当たり前の世界の国々と比べて高コストになるのは必然だった。追い打ちをかけたのが1980年代の日米貿易摩擦だった。「スーパー301条」と呼ばれる制裁措置付の通商法を“武器”に攻め寄る米国に屈して、実用衛星の調達を海外に開放せざるをえなくなる。これでは高コストな国産衛星が太刀打ちできるはずもない。残されたのは科学衛星と開発色の強い技術衛星だけで、これらを国費で発注し、細々と国内宇宙産業を養っていくしか道がなかった。