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国際問題コラム「世界の鼓動」

村八分

古庄 幸一(理事)

子供の頃祖父から聞かされた教えの一つに「村八分」という言葉があり、今でも年寄りの知恵として我家の生活の中に生きている。

「村八分」とは「村の大事な祭り事や、決め事を守らない家があると、村全体で申し合せてその家との付き合いを断ち、いわゆる仲間外れにする事だが、本来は残りの二分を大事にせよという教えである。残りの二分とは火事と葬儀のことで、村八分にした側もされた側もこの二つには何はさておいてもお互いに助け合う事だ。」と。当然火事より恐ろしいと格付けされている「地震・雷」も二分に入る。「村八分にされた」と単に外された一方の意味で使われる場面が多いが、苦しみはお互い分かち合い助け合うことで仲間外れは無いと教えている。

三月十一日東日本大震災の二周年追悼式が、政府主催により国立劇場で開催された。天皇、皇后両陛下も出席され、天皇陛下は「・・・気丈に困難に耐え、日々生活している被災者の姿には、常に深く心を打たれ、この人々のことを、私どもはこれからも常に見守り、この苦しみを少しでも分かち合っていくことが大切だとの思いを・・・・」と追悼の言葉を述べられ、苦しみを分かち合うことの大切さに触れられた。

この式典に中国は出席しなかった。理由は式典の献花で国名を読み上げる「指名献花」に台湾が加わったためとして、「追悼式で台湾の関係者を外交使節や国際機構と同等に扱った日本の全ての行いに、強烈な不満と抗議を表す。」との談話まで発表する。価値観が我々とは全く違う国とは言え、中国の態度は幼稚であり、残念ながら村八分という考え方もないのだろう。

台湾からは対日窓口機関である「台北駐日経済文化代表処」の沈 欺淳代表が来賓として出席し、120以上の各国代表者等と同じように献花を行った。台湾は1972年以来の日中共同声明により、国際的には正に村八分にされてきたと言っても間違いない。しかし震災直後どこよりも早く巨額の義捐金を日本に贈ってきたのも台湾だ。このことは苦しみを分かち合う気持、即ち二分を大事にする国柄が生きていたことを表している。昨年の追悼式では、前民主党政権が中国に阿ねたのか、台湾には案内状を出さなかったために出席していない。前政権は苦しい時に二分を大事にしてくれた恩人に対する感謝の気持を示さなかったことになる。日本人が大事にしてきた、日本の国柄とも言うべき教えを政府自ら壊していたのだ。今回菅官房長官は記者会見で欠席した中国のことを、「日本政府の説明を理解せず欠席したことは極めて遺憾であり残念だ。」と述べた。これをニュースで知り、台湾に対してお礼が出来て良かったと思ったのは筆者だけではあるまい。日本の美しいあり方を取り戻したことを評価したい。

古来日本列島は台風、水害、地震、津波と毎年大変な被害を受けてきた。その時々多くの肉親や友人、知人を亡くし、田畑を失っている。しかし我々の祖先はその都度これらを受け入れながら井々(せいせい)と復興に努力してきた。東日本大震災の時も、他国で見られるような打ち壊しや物品の略奪等の事件はなく、ボランティアからの支援を受ける時もきちんと並び、年寄りや子供を連れた母親には順番を譲る姿があちこちで見られた。この映像を世界中のメディアが取り上げ日本を絶賛したことは、陛下が述べられた苦しみを分かち合うことに通じ、二分の心の教えでもある。

「村八分」の本来の意味は我が国の世界に誇るべき国柄として、子供から孫へと継承すべき教えの一つであり、筆者も孫にしっかりと伝えておきたいと思う。

 (この原稿は雑誌「美楽」で連載中の「羅針盤のない国」から転載した)

2013年5月15日 up date

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