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賛助会員 春海 二郎
(筆者は長年、在日イギリス大使館に勤務し、イギリス関係情報を独自に発信するサイト「むささびジャーナル」の運営をしている)
1月31日、英国がEUを離脱しましたよね。これから1年間の移行期間を使って、離脱後のEUとの貿易関係などの詳細についての交渉を行うわけで、それはそれで結構もめるのではないかと言う人もいる。いずれにしてもEU離脱後の英国は「未知の海」(uncharted waters)への航海に乗り出すわけですが、1月30日付のThe Economistが社説でこの問題を語っています。イントロは次のようになっている。
英国は今や単独航海に出発しようとしている。ボリス・ジョンソンに必要なのは道しるべであり、それを提供するのはリベラリズムである。
Now that Britain is sailing alone, Boris Johnson needs a lodestar. Liberalism offers one
そもそもThe Economistは離脱には反対という立場を明確にしていたのですが、離脱派のリーダー格であったジョンソン首相に対して「リベラリズムで行け」と主張している。彼らのいわゆる「リベラリズム」とは、どのような姿勢のことを言っているのか?この社説は次のような言葉を使って説明している。
文明の基盤としての「自由」を信じ、国家は個人に対する奉仕者であるという発想であって、その反対ではない。
The belief in freedom as the underpinning of civilisation, in the state as the servant of the individual rather than vice versa.
そしてリベラリズムはモノ、サービス、意見などを大っぴらに公開して議論するものであり、そのような姿勢は英国で生まれたものだと言っている。The Economistはさらに
リベラリズムは権威や権力を嫌い、理想主義よりも実用主義に走ろうとする英国人の国民性とも合致する。
It fits naturally with a national character which suspects authority and tends towards pragmatism rather than idealism.
というわけで、リベラリズムこそが19世紀から20世紀にかけて起こった英国の進歩を後押しすると同時に世界的な政治思想として定着したけれど、現在はそのリベラリズムが存在を脅かされている時代であり、英国も例外ではない(it is now under threat, not least in Britain)と言っている。
第二次大戦後の英国が大きな進路変更を行ったことが2回あった(とThe Economistは言う)。一つは終戦時の1945年から始まった福祉国家の建設であり、もう一つは1979年のサッチャー政権の誕生に伴う市場経済主義の導入です。前者は「大きな政府」、後者は「小さな政府」路線と言うこともできるけれど、両方に共通しているのは「進路変更」に当たって、十分な時間をかけて計画が練られたこと。何でもかんでも「EUを去ること」だけに集中してしまったBREXITとはそこが違う。
EUを離脱するということは、これまで英国の輸出の半分を引き受けていた市場を失うということであり、これまでは加盟国のどこへでも自由に行き来して仕事探しする権利を失うということでもある。首相としてボリス・ジョンソンを見ていると、離脱に伴う諸問題については「アタマのいいご都合主義者」(brilliant opportunist)に過ぎないという印象を拭うことができない。
ボリスには選挙運動の「戦術」(tactical campaigning)はあるかもしれないけれど、英国の将来像を描くような長期的な視野に立った「戦略的展望」(strategic vision)が見られない、と社説は指摘する。例えば中国の通信機器メーカー、ファーウェイとの付き合い方。米国のトランプ政権は、英国がこの企業の参入を許すことを望んでいないけれど、ジョンソンは望んでおり、その点は正しい。中国を国際的なサプライチェーンから除外しようとするかのようなトランプのやり方はリベラリズムとは相容れない。しかし離脱後の英国にとっては最大の「お友だち」である米国との駆け引きはご都合主義では乗り切れない、と。
さらにThe Economistの社説がリベラリズムの根幹として強調するのが、英国人が「自分たちの運命は自分たちで決めるだけの力を持っていると感じること」(people need to feel they have power over their own destiny)ということ。英国ではウェールズやスコットランドはそれなりの自治権を認められているのにイングランドでは圧倒的にロンドン中心の中央集権がまかり通っている。つまり国内政治における権力拡散が必要であるということです。
世論調査:国民投票の結果は正しかったか?<YouGov>
上のグラフは英国のEU離脱を決めた2016年の国民投票について、英国人が何を感じているのかを調べたものです。これを見ると、離脱の善し悪しについてはあれからずっとほぼ50:50であることが分かります。ごく最近(昨年12月)の調査でも離脱に批判的な意見が勝っている。
The Economistの社説の結論部分を紹介すると、「EUを離脱した英国の未来は不確定要素に満ち溢れているけれど、EUという大きなブロックの一部ではなくなった今、世界における新しい役割を見つけなければならない」というわけで、
ことはそれほど簡単ではないだろうが、1945年と1979年における進路変更によって、英国は世界の形を変えることに貢献した。EU離脱によって同じような貢献をするように試みるべきだ。
The difficulties should not be underestimated. But when Britain previously reset its course, in 1945 and 1979, the choices it made helped reshape the world. It should aim to do that again.
という文章で結ばれています。