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賛助会員 春海 二郎
(筆者は長年、在日イギリス大使館に勤務し、イギリス関係情報を独自に発信するサイト「むささびジャーナル」の運営をしている)
10月31日付のThe Economistが12月12日の選挙について論説で語っているのですが、この選挙の中心テーマがBREXITであることは否定できないけれど、実際にはそれ以上のものであり(a lot more than that)しかも結果の予想がつかない(unpredictable)と言っています。
ボリス・ジョンソンがこの選挙で勝って英国のEU離脱を実現することを狙っているのに対して、労働党のジェレミー・コービン党首は、もし労働党が勝って政権についたならば国民投票をもう一度行うと言明している。つまり場合によっては2016年の国民投票の結果(EU離脱)がひっくり返ることになるわけです。
「再国民投票」だけでも大混乱必至であるわけですが、The Economistによると、保守・労働両党の描いている英国の将来像が極端に異なることも気になる。保守党が「より自由な資本主義」(more freewheeling form of capitalism)を目指しているのに対して、労働党は経済運営の中心に国家を置こうとしているように思える。例えばボリス・ジョンソンが、戦後の英国が守ってきたはずの福祉国家の象徴であるNHS(国民保健サービス)の民営化を匂わせているのに対して、コービンはサッチャーさんが民営化した鉄道を再国有化すべきだと発言したりしている。
The Economistによると、選挙の結果登場する次なる英国首相が反EUのジョンソンであれ、社会主義者のコービンであれ、英国経済への打撃は避けられない。ただ、どちらが首相になっても危なくなるのは現在の英国という国の姿そのものなのだそうです。ボリス・ジョンソンがEUとの間で取り付けた合意案によると、国境問題をめぐって北アイルランドはこれまでになくアイルランド共和国の方へ近づくことになる。コービンはというと、政権をとるためにはスコットランド党(SNP) の協力が重要だけれど、SNPといえばスコットランドの独立をめぐる二度目の国民投票をやろうとしている。世論調査に見る限り、今度は独立派が勝つ可能性は大いにある。
つまり現在の英国(UK)をそのまま続けたいという有権者、あるいはコービンの社会主義路線もイヤだし、ボリスの何でも民営化路線も不安だという有権者は、投票用紙を手にして「どうすればいいんだ」と嘆くことになる。しかも現在の世論分断状況を見る限り明らかなのは、どのような結果が出るにせよ、誰もが自分たちは負けたと思ってしまうということであり、不満分子が非常に多いということになる。2016年の国民投票では52%対48%で「離脱」が勝ったけれど、48%の残留派はまるで自分たちが負け犬そのものであるかのような気分を味わった・・・それと同じような結果になるであろう、とThe Economistは言っている。
それにしても誰が「敗者」の側に回るのか、全く予想がつかない。世論調査によれば保守党が労働党を12ポイントもリードしている。しかしティリザ・メイは2017年の選挙戦を20ポイントもリードしている状態で始めたはずなのに、終わってみれば過半数割れ政権しか作れなかった。今回は前回の選挙にはなかった要素もある。例えば強硬離脱路線のBREXIT党は前回の選挙では存在さえしていなかった。彼らが保守党票のある部分をさらっていくことは避けられない。またEU残留を鮮明にしている自民党(Lib-Dem)が労働党支持者を惹きつけることも大いに考えられる。
2017年に選挙が行われた際にThe Economistは英国の政治には「中間がない」(missing middle)ことを嘆いた。今では中間勢力ともいえる自民党がかなりの人気を得ている。とはいえ保守・労働の主要2党に関しては「中間」には関心を示していないように見える。選挙というものは、本来、中間層を取り合うもののはずであるけれど、BREXITに関する限り「中間」を訴える政党は存在しない。保守党も労働党も極端に走っている。自民党でさえも「筋金入りの残留派」にのみターゲットを絞っているとしか思えない。つまりこの選挙は誰もが極端に走って英国の「分断」を促進する選挙であると言える。
これまでは政治的な分断といえば、経済政策における「右翼vs左翼」と相場が決まっていたけれど、最近の英国では「新しい亀裂」(new fissure)とでも言うべきものが登場してきている、とThe Economistは言います。それはそれぞれの有権者が持つ「文化」(考え方・感じ方・価値観など)が生む亀裂であり、それがこれまでにはなかった政治的な戦場(political battleground)を生み出している、と。政党が自らを売り込むべき相手が違ってきているということで、それをさらに激しくしたのがBREXITだった。具体的に言うと、保守党は「反ヨーロッパ」や社会的保守主義などをうたい文句にして、いわゆる「労働階級(working class)」の票を獲得しようとしている。この人たちはもともと労働党の支持基盤であったはずなのに。
一方の労働党は社会的なリベラリズム(進歩主義)や国際主義を好み、EU残留を望む都会派の有権者を狙っている。この人たちは大体において経済的に恵まれた層に属している。政党がこのような路線を進もうとする限り、政治の分断がますます先鋭化することは避けられない。経済政策における対立や分断は話し合いで妥協することはできるけれど、「文化」に根差す分断はそうはいかない。
過去3年間、英国政治が陥ってしまった「BREXITをめぐる分断」が、この選挙をもってしても解消しないという可能性は大いにある。自民党やBREXIT党のような少数党の伸びによって従来の二大主要政党が多数議席を獲得できないという事態も大いにあり得る。いわゆる「地滑り的勝利」(land-slide victory)など、「夢のまた夢」ということです。
ジョンソン保守党の勝利が僅少差によるものだったとなると、彼はティリザ・メイと同じように保守党内の強硬派にてこずることになる。また労働党が政権を取ったとしても単独では無理だろうから、他党の協力を求めざるを得ない。というわけで・・・
この選挙の結果は英国にとって重大な結果をもたらすものになるだろう。が、今からの1年後の英国が、相も変わらず「BREXITをやり遂げる」方法をめぐって揉めていたとしても、驚くに当たらない。
The coming election will have profound consequences for Britain. But don’t be surprised if a year from now the country is still arguing about how to “get Brexit done”.
とThe Economistは結論しています。