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賛助会員 春海 二郎
(筆者は長年、在日イギリス大使館に勤務し、イギリス関係情報を独自に発信するサイト「むささびジャーナル」の運営をしている)
英国政府が7月12日にBREXITについてEUと交渉するにあたっての方針をまとめた「白書」(white paper)を発表したことは、日本のメディアでも伝えられていますよね。英国のEU離脱期限は2019年3月29日(金)の午後11時となっているけれど、メイさんとしてはBREXITを混乱なく迎えるためにも離脱後のEUとの関係についてEU側と交渉、できれば今年10月ごろまでに合意を実現させたい。その際の英国側の基本方針となるのがこの白書です。
メイ政権としてはこの白書をこれから議会に提案して議論することになるわけですが、白書の中身がメイさんが以前に主張していたものと違ってかなり「ソフト離脱」に傾いているというわけで、それに抗議する保守党内のハード離脱派からは大いに不満を買っており、ボリス・ジョンソン外相のように閣僚を辞任する者も出て来ている。
というわけで、7月12日付のThe Economistが、この白書をめぐる英国内の政治状況について社説で取り上げて「英国政治、いつものとおりの一週間」(Just another week in British politics)とため息をついたうえで「BREXITの新方針は新たなる混乱を生んでいる」(A new Brexit plan creates fresh depths of chaos)と厳しいことを言っている。書き出しからして辛口です。
真に思慮深い政府ならば国民投票をする前にEU離脱の在り方について計画を立てていたはずだ。
A REALLY sensible government would have drawn up a plan for how to leave the European Union before calling a referendum on whether to do so.
というわけですが、2016年6月に国民投票が行われてから2年も経過してから離脱計画を発表する・・・実際の離脱期限までの3年弱のほぼ4分の3が経過しているというのに。何を考えているんだ、というわけですね。
今回の白書は(The Economistによると)メイさんのこれまでの離脱姿勢からの「決定的な方針転換」(decisive shift)を明らかにしている。かつてのメイ方針は「EU単一市場には属さない」、「労働力の自由な移動は許さない」、「外国の裁判官には従わない」などなど、あれもしない・これもしない調が目立ったのですが、白書では(例えば)EUとのモノ(goods)の輸出入について、単一市場に残ることをしないかわりにEUと英国の間に「自由貿易エリア」(free trade area)を設けることを提案している。EU・英国間の唯一の陸上国境であるアイルランドと北アイルランドの間が、離脱後は自由な行き来ができなくなるハードボーダーになってしまうことを防ごうという意図らしい。今さら「ハードボーダー」など作ろうものなら、かつての北アイルランド紛争の蒸し返しにも繋がりかねないのだから北アイルランドの人びとは全く望んでいない。そこで「自由貿易エリア」を北アイルランドとアイルランドの国境に置けば国境のハード化はなくなる。でも、そうなるとEUとの関税抜きの自由貿易を望む企業は何でもかんでも「自由貿易エリア」を通じてビジネスを行うことになる、つまり事実上の(in effect)単一市場への加入ではないか!?
またサービスについても「相互認識のための緩やかなシステム」(a looser system of mutual recognition for services)が提案されている。またメイ白書はEUが定めている環境基準、社会政策、国による福祉制度などについて英国が無視することはせずに、EUと英国の間に紛争解決のための制度(dispute-resolution mechanism)を設けるべきだとしている。これもこれまでの欧州裁判所とどう違うのか?さらにこれまでは離脱すると言っていた関税同盟(customs union)についても、新しい関税取り立て制度が出来るまでは加盟を続けるとしている。その新しい制度なんていつになったら出来るのか・・・?
この白書は、ハードBREXITのような急進的反EU姿勢が英国経済にもたらす影響について危惧するメイさんが産業界などに気を配った内容であるとされているのですが、The Economistによると、EU側は白書で言っていることをさらに進めた要求をしてくるのではないか。例えば「自由貿易圏」を設けたいのであれば、いっそのこと現在の単一市場に残ることを要求してくる可能性がある。ハード派に言わせれば、限りなくEUに近いBREXITでは、英国がこれから他国と貿易する際にEUに近いことが足かせになることもある。何のためのBREXITなんだということになる。
この白書のとおりになると英国とEUの関係は、現在のノルウェーとEUの関係に似てくる。EU加盟国ではないけれど単一市場へのアクセスは認められているので無関税でEU市場へ輸出できる。しかし単一市場へのアクセス確保のためにはEU側に金銭を払っている、なのにEU圏内における規制などの取り決めには加盟国ではないから参加できない。自分たち抜きで決められたことに従わなければならない。だったらいっそのことEU加盟国のままでいればいいではないかということになる。離脱反対派にしてみれば「ソフト離脱」だって「離脱」には違いないのだから自分たちの意に沿わない状態であることに違いはない。The Economistに言わせると「ソフト離脱」は「ハードよりはマシ」(less bad)という程度の意味しかない。
で、問題は国会がメイ白書を支持するかどうかです。国会議員の大半が(政党の如何を問わず)ソフト路線を望んでいる。国論をこれ以上の分裂に導くようなハード路線よりはソフトの方がマシということです。そうなると議員の中のハード派が新たな提案をするか、BREXITそのものを止めてしまえという方向に動くこともあり得る(とThe Economistは言っている)。
で、万一メイさんの白書が国会で否決されたらどうなるのか?And if Mrs May cannot win a Brexit vote?その場合に肝心なのはEU側が英国に対してさらに考える時間を与えることである、とThe Economistは言っている。さもないと一か八かのハード路線が息を吹き返さないとも限らない。でも時間を与えられたら?メイさんとしては「国民の意思を聞こう」ということになる。つまりこの問題を争点にして選挙をやるか、国民投票をもう一度やるか・・・。
(メイ政権による白書の提案で)一応「ソフト路線」のコースを設定したことは歓迎すべきことだ。が、そこへ到達するまでに大いなるでこぼこ道が待っているということだ。
That Britain has at last set a course for a soft Brexit is welcome. Getting there will be a very rough crossing indeed.
とThe Economistは結んでいます。