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賛助会員 春海 二郎
(筆者は長年、在日イギリス大使館に勤務し、イギリス関係情報を独自に発信するサイト「むささびジャーナル」の運営をしている)
いま英国のメディアでちょっとした話題になっているのが、ローラ・ケンズバーグ(Laura Kuenssberg)という政治ジャーナリストです。1976年生まれ(41才)でBBCの政治部長(political editor)。2015年にニック・ロビンソンの後を継いだのですが、女性が政治部長になるのはBBC始まって以来のことです。白状すると、むささびはKuenssbergという名前の発音に自信がない。「ケンズバーグ」はむささびが類推したものです。間違っていたらご免なさい。
ローラ・ケンズバーグの何が話題になるのかというと、政治家に対する彼女の質問が「鋭すぎる」場合があるということ。質問の中身もさることながら、質問の仕方や態度も相手に対して「傲慢で失礼だ」というわけで、最近(6月26日)のDaily Telegraphが彼女のことを “the most divisive woman on television?”(現在のテレビの世界で最も世論を分裂させる女性なのでは?)として紹介する特集記事を組んだりしている。いくつか例を挙げると・・・。
一昨年(2015年)中国の習近平主席が英国を国賓訪問した際、主席とキャメロン首相が共同で記者会見を行った。その際、中国と英国の報道陣から一つずつ質問することが許され、英国側の質問者がBBCのケンズバーグだったのですが、習主席への質問は次のようなものだった。
民主的ではないし、透明性もない、しかも人権保護については全くもってひどいとしか言い様がない態度をとっている国とビジネスをすることを、英国の国民は有難いと思うべきだと(あなたが)考える理由は何ですか?
Why do you think members of the British public should be pleased to do more business with a country that is not democratic, is not transparent and has a deeply, deeply troubling attitude towards human rights?
つまり「ビジネスのためとはいえ、中国のような人権無視の国と付き合わなければならないのは情けないと多くの英国人が感じている」という意味ですよね。これに対する習近平主席の答えは「中国は世界共通の人権の考え方を中国の実情に合わせて採用している」という趣旨のものだった。ローラはまた同席したキャメロン首相にも「人権無視の中国とのビジネス拡大によって英国が払う犠牲は、払うだけの価値があると思うか?」とか「金ぴかの馬車に乗ってバッキンガム宮殿へ向かう主席を見て英国人はどう思うと考えるか」というニュアンスの質問をしたのですが、キャメロンは「貿易を拡大させたりする中で英中関係の親密度が高くなり、いずれは人権についても率直に意見交換ができるようになる」というものだった。会見の様子はここをクリックすると見ることができます。
また今年の6月に行われた選挙に先立って、BREXITを推進する独立党(UKIP)が選挙公約を発表する集会を行ったのですが、その際にUKIPの党首が、マンチェスターで起こったテロ事件に関連して、メイ政権の対テロ政策が甘いからテロ事件が起こったという趣旨のアジ演説をやって支持者からの拍手を浴びた。と、そのあとにBBCのローラ・ケンズバーグがマイクをとって「マンチェスターのテロ事件そのものを首相の責任であるかのように言って非難するのはおかしいのでは?」という趣旨の質問をぶつけたところ、会場がローラへのブーイングで騒然となってしまった。
さらに選挙直前に行なわれた労働党のコービン党首との単独インタビューでは、EU離脱に対するコービンの姿勢を話題にしてかなりしつこい質問で攻め立てた。
ローラ:あなたは今日、「Brexitは解決した」(Brexit is settled)とおっしゃいましたよね。つまりあなたが首相になった場合で、何があろうが、どのような条件がテーブル上に乗せられたとしても、英国はEUを去るのだ・・・そうおっしゃっているんですか? |
これに対してコービンは、労働党の立場として、「EUとは良好な関係を保つ」、「欧州市場への英国からのアクセス、関税なしのアクセスを確保する」、「在英のEU加盟国国民の権利は保護する」の3点があることを訴えるのですが・・・。 |
ローラ:それはあなたがそうしたいという希望です。「Brexitは解決した」ということは、これからの交渉がどうなろうが、あなたが首相である限り、英国がEUを去るということなのですよね。 |
コービンの答えは、EU離脱の交渉は複雑でローラが言うほどには単純なものではなく、何度もミーティングを重ねなければならないし、交渉相手だってそれぞれの加盟国があるし、それぞれの議会があるし・・・というものだった。 |
ローラ:そんなことを聞いているのではありません。私が聞いているのは、あなたが首相になったら、交渉の結果がどのようなものであれ、英国はEUを去るのか、ということなのです。 |
コービン:我々が選挙に勝ったらヨーロッパとはちゃんと交渉をして、EUとの貿易で成り立っている我々の雇用確保が急に難しくなるなんてことにはなりませんよ・・・。 |
ローラ:でも貿易に関するEUとの交渉の成り行きを予測できる人なんて殆どいませんよ、首相がティリザ・メイだって・・・ |
コービン:(ローラの質問を遮って)だからヨーロッパ市場へのアクセスを得るために交渉をするんだと言っているんです。 |
ローラ:あなたはEUに残留ということもあり得るとも言わないし、はっきり離脱するとも言わない・・・この部分をはっきりさせることをみんな望んでいるんですよ。あなたが首相になったら、どんなことがあってもEUを去るのですね? |
と、相当しつこい。ここをクリックするとインタビューを動画で見ることができます。これ以外にも物議を醸すようなインタビューがたくさんあるのですが、世論調査機関のYougovのアンケート調査では彼女に対する評価として
賛否両論ありという感じです。とはいえ、ローラは昨年(2016年)の英国ジャーナリスト・オブ・ザ・イヤーに輝いており、最近ではDaily Telegraphの特集記事が出てから、彼女を支持する声が却って大きくなっているし、ローラ攻撃を女性差別だという意見も大きくなっている。