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賛助会員 春海 二郎
(筆者は長年、在日イギリス大使館に勤務し、イギリス関係情報を独自に発信するサイト「むささびジャーナル」の運営をしている)
3月22日、ロンドンで起こった「テロ」についてGuardianのコラムニスト、サイモン・ジェンキンズがテロ事件と同じ日に
ウェストミンスターのテロは悲劇ではあるが、民主主義に対する脅威というわけではない
The Westminster attack is a tragedy, but it’s not a threat to democracy
と題するエッセイを寄稿しています。イントロは
テロリストの狙いは人間を数人殺すことだけではなく、多勢の人びとを恐怖に陥れることにある。テロに対して政治家やメディアが過剰に反応すると、彼らの思うつぼにはまってしまう。
The terrorists’ aim is not just to kill a few but to terrify a multitude. For politicians and media to overreact would play into their hands
となっている。
今回のテロは、昨年ブリュッセル空港で起きたテロ事件(32人が死亡)からちょうど1年目に起こったわけですが、ジェンキンズはあのテロ事件やその前にパリで起こったテロに対するヨーロッパの政治家やメディアの反応を思い起こそうと言っている。BBCは何日もの間にわたって「現場からの報告」の中でパニック(panic)、脅威(threat)、威嚇(menace)というような言葉を使い続けた。フランスのオランド大統領は「ヨーロッパ全体が攻撃されたのだ!」(all of Europe has been attacked)と叫び、キャメロン首相(当時)も「英国は極めて現実的なテロの脅威に直面している」(the UK faces a very real terror threat)と発言、アメリカの大統領候補だったトランプは「ベルギーもフランスも文字通り解体しつつある」(Belgium and France are literally disintegrating)と大声を張り上げていた。テロリストたちにとってあれほど有難いことはなかった・・・とジェンキンズは言います。
メディアおよびメディアを通じて「民主主義に対する脅威だ!」と騒ぎ立てる人間の存在なしには、テロリストはお手上げなのだ、と。ジェンキンズがそのような政治家が「テロ対策」と称して作り上げる例の一つしてあげているのが英国の “Investigatory Powers Act”(捜査権法)という法律です。この法律が施行されたのは昨年(2016年)末のことですが、これを準備したのが今から3年ほど前、内務大臣だったティリーザ・メイ現首相であったというわけです。
この法律によって、インターネットへの接続サービスを提供するプロバイダー会社は、一人一人の顧客が誰にメールを送り、誰から受け取り、どのようなサイトにアクセスしたかという情報を1年間保管し、警察や情報機関の求めに応じてその情報を提供することが義務付けられている。別名「盗み見憲章」(snooper’s charter)と呼ばれて、国家による国民監視活動を推進するものとされ、プライバシー保護という点から大いに問題視されたのですが、結局成立してしまったものです。
ジェンキンズによると、この法律が検討されていたころのメイ内務大臣は「テロの脅威に対抗するためにもEUに加盟していることが大切だ」(“terrorist threat” was why we should stay in the EU)という考え方を明確にしていた。メイ内務大臣の計算によると、EU加盟国間の情報交換ネットワークに加盟していると、テロリストのDNAを割り出すのに要する時間は15分、加盟していないと143日かかるとされていた・・・というわけで、ジェンキンズはEU離脱を進めるメイ首相は今、あのときの主張をどのように思っているのか(Does she still say that?)と疑っている。